誘導|ファラデー則とレンツ則の基礎

誘導

工学における誘導とは、主として電磁場の時間変化や相対運動により回路内に電圧・電流・力を生じさせる現象を指す。特に電磁誘導(electromagnetic induction)は、コイルに鎖交する磁束の変化が起電力を生むという基本法則で記述され、発電機、変圧器、誘導電動機、誘導加熱、非接触給電など多様な機器の原理である。さらに回路理論では、自己誘導や相互誘導がインダクタンスとして等価表現され、交流解析ではリアクタンスやインピーダンス、力率といった量と密接に関係づけられる。材料・設計の観点では、ヒステリシス損や渦電流損、漏れ磁束、遮蔽など、誘導に随伴する損失・周辺影響の制御が実用性能を左右する。

定義と射程

誘導は広義には「外的な場や変化が系に効果を引き起こすこと」を意味するが、工学・物理では電磁誘導が中心概念である。マクロには導体ループに磁束変化が加わると起電力が生じ、微分形では回転電界により渦状の電界が生成される。加えて回路要素としてのインダクタは、電流変化に反対する電圧を発生させる自己誘導を体現する。化学でいう「誘導効果」は分子内の電荷偏りに関する概念であるが、本稿では電磁現象を主題とする。

電磁誘導の基礎法則

ファラデーの法則は、起電力を V = −N・dΦ/dt(N:巻数, Φ:磁束)で与える。負符号はレンツの法則に対応し、誘導電流は原因となる磁束変化を打ち消す向きに流れる。場の表現では ∇×E = −∂B/∂t が成り立ち、時間変化する磁束密度 B が渦状の電界 E を生む。磁束変化は(1)磁界の時間変化、(2)導体運動による有効面積の変化、(3)姿勢変化による鎖交角度の変化のいずれでもよい。この原理により、回転機の電機子、可動導体、並進・回転センサなどが誘導的に電圧を得る。

レンツの法則とエネルギー保存

レンツの法則は誘導現象の符号則であり、エネルギー保存則の帰結である。磁束増加に対し誘導電流は減少方向の磁界を作り、逆に磁束減少に対しては増加方向の磁界を作る。これにより仕事は源(機械的・電気的)から電磁場・回路へと一貫して移送され、永久機関を許さない。

自己誘導と相互誘導

自己誘導ではコイル電流 i の時間変化が同一コイルに起電力 v = L・di/dt を生む。L はインダクタンスで、幾何(巻数・形状・コア)と物性(透磁率 μ)に依存する。二つのコイルが磁束を共有すると相互誘導が生じ、v₂ = M・di₁/dt で記述される。結合係数 k = M/√(L₁L₂) は 0〜1 の無次元量で、変圧器の結合の良し悪しや漏れ磁束の多寡を示す。これらは誘導機器の設計で最重要のパラメータである。

回路表現と交流解析

交流定常解析では、インダクタは複素インピーダンス Z_L = jωL を持ち、電流は電圧に対して位相が −90°遅れる。誘導性リアクタンス X_L = ωL の増加により電流振幅は減少し、力率 cosθ は遅れ側に傾く。皮相電力 S、無効電力 Q、瞬時電力 p(t)、実効値などの電力概念は、誘導負荷の運用・補償(コンデンサによる力率改善等)に不可欠である。RLC 合成では Z = R + j(ωL − 1/ωC) となり、共振や減衰の設計が可能となる。

主要機器と応用

  • 変圧器:相互誘導を利用し電圧・電流を変換する。理想変圧器では N 比で電圧が比例し、漏れインダクタンスと鉄損が実機の性能を規定する。

  • 誘導電動機:固定子の回転磁界と二次導体の誘導電流の相互作用でトルクを生む。滑り s により回転数が同期速度より僅かに低下し、銅損・鉄損・機械損の配分が効率を決める。

  • 誘導加熱:交番磁界が金属に渦電流を誘導しジュール熱を生む。表皮効果 δ≈√(2/ωμσ) により高周波では表層加熱が支配的となる。

  • 非接触給電(WPT):共振結合を強めて M を拡大し、空間を介して電力を誘導的に転送する。結合係数と Q の設計が転送効率を左右する。

  • 渦電流探傷:誘導電流とその磁界応答を測定し、導電率や欠陥を非破壊で評価する。

材料・構造・損失

誘導機器の鉄心には電気鋼(Fe-Si)や Fe-Co、フェライトが用いられ、ヒステリシス損・渦電流損の低減のため薄板積層や高抵抗材が採用される。巻線では表皮・近接効果対策としてリッツ線を用いる。漏れ磁束の管理、シールド板の配置、ギャップ設計、熱伝導経路と強制空冷・油冷などの熱設計は、誘導損の発熱を安全域に収める鍵である。

電磁環境適合(EMC)と安全

誘導に伴う漏洩磁界や高 dI/dt は EMI の源となる。導体ループ面積の縮小、ツイストペア、リターン経路の明確化、磁性シールドや導電シールドの適用、スナバ・ソフトスイッチングなどで抑制する。医療機器や磁気カード等への影響、法規・規格(IEC/JIS)への適合、感電・火災・火花点火のリスク低減も誘導機器の運用要件である。

数式・単位と実務の指標

インダクタンス L と相互インダクタンス M の単位は H、磁束 Φ は Wb、磁束密度 B は T、電界 E は V/m、角周波数は ω=2πf である。設計では k、Q、X_L、漏れ L、損失係数、温度上昇、効率 η といった指標で誘導の有効利用と副作用の抑制を両立させる。

関連概念の位置づけ

誘導はインピーダンスの虚数部(リアクタンス)を通じて位相差・力率・皮相電力・無効電力に直結し、周波数や実効値の扱いと不可分である。抵抗・コンダクタンス・アドミタンスとの相補関係を理解することで、交流システムの解析・制御・エネルギーマネジメントにおける誘導の役割を体系化できる。