脂質|膜機能・貯蔵・シグナル制御

脂質

脂質は水に溶けにくく有機溶媒に溶けやすい化合物群の総称であり、主として脂質は脂肪酸とその誘導体、さらに脂肪酸を含まないステロイド類に大別される。代表例はトリグリセリド、リン脂質、スフィンゴ脂質、ステロール(コレステロール)で、エネルギー密度は約9 kcal/gと高い。生体では脂質が細胞膜の主要構成、シグナル伝達、エネルギー貯蔵、疎水性バリア形成など多岐に機能する。化学的には疎水基(アルキル鎖)と親水基(カルボキシル基やリン酸基)とのバランスで性質が決まるため、融点、流動性、乳化性、酸化安定性などが鎖長と不飽和度に強く依存する。

定義と分類

脂質の分類は(1)単純脂質(トリグリセリド、ワックス)、(2)複合脂質(リン脂質、糖脂質)、(3)誘導脂質(脂肪酸、ステロイド、脂溶性ビタミン)に分けられる。脂肪酸は一般式R–COOHで表され、鎖長(C14–C22が多い)と二重結合数で物性が変化する。二重結合は多くがcis型で、transは硬化油や反芻由来で相対的に融点が高い。リン脂質はglycerol骨格に脂肪酸2本とリン酸基を持ち、細胞膜二重層の形成に寄与する。

分子構造と物性

飽和脂肪酸は直鎖ゆえに分子間相互作用が強く融点が高い。不飽和脂肪酸はcis二重結合により折れ曲がり、凝集が弱く流動性が増す。ヨウ素価は不飽和度の指標、けん化価は平均分子量の逆数に相当し、過酸化物価は酸化劣化の初期段階を示す。エマルションでは界面活性剤(例:リン脂質)によりミセルやリポソームが安定化する。これらの物性は食品工学、化粧品、潤滑、医薬製剤に直結する。

生体内機能

脂質はβ-酸化でアセチルCoAへ分解されTCA回路へ流入する。必須脂肪酸(linoleic acid, α-linolenic acid)は体内合成できず摂取が必要である。リン脂質(例:phosphatidylcholine)は細胞膜の二重層と膜タンパク質の機能を支える。コレステロールは膜流動性の調節、胆汁酸やステロイドホルモンの前駆体として重要である。スフィンゴ脂質は神経組織でシグナルや絶縁性の役割を担う。

食品科学と健康影響

食事中の脂質は嗜好性の向上と脂溶性ビタミン(A, D, E, K)の吸収に寄与する。一方で摂取量と質のバランスが健康に影響し、SFA(飽和)・TFA(trans)・UFA(不飽和)比が血中脂質や炎症に関係する。n-3系PUFA(EPA, DHA)は心血管系に好影響を与える知見が多い。調理・保存では酸化(過酸化物、アルデヒド生成)を避けるため、光・熱・金属触媒を抑制し抗酸化物質の併用が有効である。

産業・材料分野での応用

脂質由来の脂肪酸やエステルは潤滑剤、可塑剤、生分解性材料、界面活性剤の原料となる。バイオディーゼルは脂肪酸メチルエステル(FAME)であり、トリグリセリドのアルコール交換反応で製造される。リン脂質由来のリポソームはドラッグデリバリーに、ステロイドは医薬の基本骨格として利用される。

測定・分析手法

  • 組成分析:ガスクロマトグラフィ(脂肪酸メチルエステル化)、HPLC、MS
  • 物性:融点、粘度、界面張力、DSCによる相転移
  • 品質指標:酸価、過酸化物価、カルボニル価、ヨウ素価、けん化価
  • 構造解析:NMR、IR(=C–H伸縮、C=O伸縮)

代表的反応とプロセス

けん化はエステルを塩基で加水分解し脂肪酸塩(石鹸)とglycerolを与える。水素添加はNi触媒下で二重結合を飽和化し酸化安定性と融点を向上させるが、過度な条件でtrans生成に留意する。酸化は自動酸化連鎖で進行し、光・熱・金属イオンが促進因子である。エステル交換はアルコール種の変換により燃料や潤滑油特性を調整する。

保存・劣化と品質管理

脂質を含む食品・製品は酸素、光、温度、水分、金属の管理が要点である。窒素置換、遮光容器、低温保管、キレート剤、抗酸化剤(tocopherolなど)の併用で酸化劣化を抑える。官能評価はヘッドスペースGCと組み合わせると早期劣化検出に有効である。

用語補遺

ミセルは臨界ミセル濃度以上で形成される会合体、リポソームは二重層小胞で薬物搭載に用いられる。CMC、HLB、cloud pointなどの指標は配合設計に有用である。

よくある混同

脂質(化合物群)と体脂肪(組織)の用語差、油(液体)と脂(固体)の温度依存の区別、コレステロール摂取と血中濃度の関係は別概念として整理が必要である。

設計・選定の観点

配合・材料選定では鎖長と不飽和度、抗酸化系、配向・自己組織化、規格適合(JIS, ISO)を総合的に評価する。食品・化粧品・医薬・潤滑の各分野で要求特性は異なるため、実使用条件に即した指標(流動性、酸化安定性、乳化安定性、毒性・規制)を明示し、実験データと併せて最適な脂質系を決定することが重要である。