石山寺多宝塔|源頼朝寄進、日本最古の優美なる多宝塔

石山寺多宝塔

滋賀県大津市に位置する石山寺多宝塔は、鎌倉時代初期の建久5年(1194年)に源頼朝の寄進によって建立された、日本最古の多宝塔として知られる国宝建造物である。

石山寺多宝塔の歴史と建立の背景

石山寺多宝塔は、平安時代から観音霊場として信仰を集めていた石山寺の境内に、鎌倉幕府を開いた源頼朝が、自らの悲願成就を感謝して建立したと伝えられている。内部には本尊として大日如来を安置し、密教の宇宙観を象徴する建築物として、武家社会の到来と共にその威容を整えた。現在では、年代の明らかな多宝塔としては最古の遺構であり、日本の建築史において極めて重要な価値を有している。

建築様式と構造的特徴

この石山寺多宝塔は、下層が方形、上層が円形という多宝塔特有の二層構造を持ち、その調和の取れた比例美は、後の多宝塔建築の模範となった。

  • 下層部:方三間で、屋根は桧皮葺(ひわだぶき)の優雅な曲線を描いている。
  • 上層部:円形の身舎を囲むように、亀腹(かめばら)と呼ばれる白い漆喰の盛り土が施されている。
  • 内部装飾:四天柱の周囲には豪華な彩色の壁画や彫刻が残されており、鎌倉時代の美術の粋を伝えている。

日本建築史における評価

石山寺多宝塔は、その優れた意匠から「日本三名塔」の一つに数えられることもあり、保存状態も極めて良好である。
鎌倉時代の力強さと、平安時代の貴族的な優雅さが融合した様式は、当時の新旧文化の混交を象徴している。また、この塔が建つ場所は琵琶湖から流れ出る瀬田川を見下ろす景勝地であり、自然景観と一体となった配置は、日本庭園的な空間構成の先駆けとも評価されている。

密教思想と多宝塔の意義

石山寺多宝塔は単なる建築物ではなく、法華経の「見宝塔品」に説かれる、釈迦如来と多宝如来が並座する宝塔を地上に具現化したものである。
密教の教義において、円形の上層は天を、方形の下層は地を象徴し、その融合は曼荼羅の世界を視覚的に表現している。参拝者はこの塔を仰ぎ見ることで、大日如来の慈悲と宇宙の真理を体感することができる。

周辺の文化財と石山寺の魅力

石山寺には、石山寺多宝塔以外にも、天然記念物の圭灰石の上に建つ本堂や、紫式部が『源氏物語』を起筆したという伝説の「源氏の間」など、多くの見どころが存在する。

  • 本堂:平安時代の建築で、崖造りのような独特の構造を持つ。
  • 文学:清少納言や和泉式部など、多くの平安文学の担い手たちが参詣した歴史がある。
  • 自然:秋の紅葉や春の桜など、四季折々の風景が建築の美しさをさらに引き立てる。

保存修理と現代への継承

石山寺多宝塔は、数世紀にわたり幾度かの修理を経て、建立当時の姿を現在に留めている。
特に桧皮葺の屋根は定期的な葺き替えが必要であり、伝統的な技術を持つ職人たちの手によって、その繊細な美しさが維持されている。文化財の保存は、単なる物理的な修復にとどまらず、伝統文化そのものを次世代へつなぐ重要な営みとなっている。