瞬低対策
電力系統の短時間電圧低下(Voltage Sag/Short Dip)は、地絡・短絡故障や大電流始動により配電点の電圧が一時的に低下する現象である。半導体製造装置やプロセスライン、データセンターでは制御電源の失陥、モータ・インバータの停止、PLCのリセットなどを誘発し、品質・稼働率・在庫に重大な影響を与える。本稿では瞬低対策の体系を、系統側・需要家側・機器側の三層で整理し、要求性能、評価指標、設計・運用上の勘所まで大学履修レベルで解説する。
定義と影響の整理
瞬時電圧低下は通常0.1〜0.9 puの電圧低下が0.5サイクル〜1分程度継続する事象を指す。故障点近傍だけでなく広域に及ぶため、影響は系統電圧レベルやインピーダンス、故障除去時間に依存する。IT機器はITIC/CBEMAカーブ準拠の許容領域、製造装置はSEMI F47準拠の耐量が一つの目安であり、これを下回ると誤動作・停止に至る。したがって瞬低対策では「必要な電圧保持時間」と「低下許容深さ」を同時に満たす手段選択が基本となる。
要求性能と評価基準
評価は①規格適合(例:SEMI F47、IEC 61000-4-11/-34)、②装置固有の動作許容域(内部DCリンクや制御電源保持)、③系統故障統計(年発生回数・継続時間分布)で行う。KPIは「イベント当たり停止率」「ロスコスト/年」「残留リスク」で、対策前後の低減率を定量比較する。電圧保持の指標は保持電圧Vholdと保持時間Tholdで表し、選定はVhold≥VreqかつThold≥Treqを満たす最小構成を目標にする。
系統側の対策(上流・配電ネットワーク)
系統側は発生源の縮減と伝播の緩和に主眼を置く。代表は①フィーダ自動化と高速再閉路、②故障電流の抑制(限流リアクトル・高感度保護協調)、③重要負荷の専用フィーダ化、④接地方式・接地抵抗の最適化、⑤配電変電所の母線分割・二重化である。これらは受電点電圧の落込み幅ΔVを小さくし、除去時間を短縮するが、需要家単独では実施困難な場合が多い。
需要家側の対策(受配電・構内設備)
- 動的電圧回復装置(DVR):直列挿入により瞬低時のみ電圧を合成補償する。エネルギ源は直流蓄電で、効率が高く熱損が小さい。
- SVC/STATCOM:無効電力を瞬時注入し端子電圧を維持する。深い低下よりも浅い広域の揺らぎに有効。
- 無停電電源装置(UPS):ダブルコンバージョン方式は最も確実な瞬低対策で、IT・制御電源に適用する。ラインインタラクティブは軽微な低下に適す。
- 自家発・マイクログリッド:重要系統の島運転で耐性向上。ただし同期・保護協調の設計難易度が上がる。
- 受電方式二重化:異系統受電や主予備切替でリスク分散。ただし同一ルートの共通要因は残る。
需要家対策の留意点
直列補償(DVR)は短絡電流経路や保護継電器への影響、UPSは高調波・無効電力、短絡容量への影響を検討する。短時間でも大電流の突入制御が必要で、保護協調は必ず再設計する。
電子機器・製造装置側の対策
機器側では①DCリンク容量増強(VFDの直流母線での保持)、②一次側PFCと二次側保持回路の併用、③ロジック・I/O電源の分離冗長、④モータ慣性の回生利用(再始動シーケンス)などが実効的である。制御盤では24 V系の二重化+バッファモジュール、CPU/通信だけにUPSを限定供給する局所最適がコスト効率に優れる。
規格適合の実装例
SEMI F47では200 ms程度の70〜80%保持が要求される領域がある。制御電源を二次側バッファで300 ms以上保持し、I/Oはフェイルセーフに落とす。IEC 61000-4-34の試験プロファイルで評価し、合格基準を内部SOPに取り込む。
設計の基本式と簡易見積
負荷Pと必要保持時間Treqから必要エネルギE≈P×Treqを見積り、直流リンクならC≥2E/(Vdc2−Vmin2)で概算できる。UPSでは蓄電池の有効容量と放電倍率を考慮し、DVRは補償電圧ΔVと負荷電流Iから定格S≈√3×ΔV×Iを算出する。これらを用いて瞬低対策の容量過大化を避ける。
運用・保全(O&M)の勘所
対策の有効性は運用で担保する。①PQメータでイベント波形を常時監視、②しきい値(トリガ電圧・時間)をITIC/SEMI基準に合わせ設定、③SCADAでアラーム・切替を自動化、④電池・コンデンサの劣化診断、⑤保護協調の年次レビューを実施する。変更管理(MOC)を徹底し、装置追加時は再評価する。
雷・サージ対策との区別
SPDは主に過電圧サージを抑制するもので、電圧低下には直接効かない。誤用を避け、サージ対策は別系統として設計しつつ、共通の接地・等電位ボンディング設計で相互干渉を低減する。
系統シナリオ別の最適化
- 単発・浅い低下が頻発:STATCOM/SVCで端子電圧を底上げし、制御電源は小容量UPSで補完。
- 稀だが深い低下:DVRまたは重要負荷限定のオンラインUPSを採用。
- 広域停電も想定:非常用発電と自動切替(ATS)、負荷遮断シーケンスを組む。
- 高品質要求(半導体等):装置側の保持+ライン側DVRの二段構えで冗長化。
配線・接地・レイアウト設計
制御と動力の物理分離、ループ面積の最小化、ケーブルの遮蔽・ツイスト、クリーンアースの導入で感受性を下げる。受電盤から制御盤までの電圧降下を抑え、開閉器・変圧器のタップやインピーダンスを最適化する。これも有効な瞬低対策である。
保護協調と再閉路の設定
故障除去の高速化は瞬低継続時間を短縮する。OCR、DGR、方向要素、距離継電器等の整定見直し、切替器のデッドタイム最小化、再閉路の回数・時間設定の適正化を実施する。これにより系統側の耐性が底上げされる。
経済性評価と投資判断
年期待損失=(イベント頻度×1回当たり損失)で算出し、対策後の残存損失と設備費・運転費からNPV/IRRを計算する。DVRやオンラインUPSは初期費用が大きいが、停止コストが高い工程では短期間で回収可能なケースが多い。分割導入やクリティカル負荷の選別で費用対効果をさらに高められる。
実装チェックリスト
- 需要家系統図と故障想定の更新(単線結線図・短絡容量)
- PQモニタのしきい値とログ保全ポリシー
- UPS/DVR/STATCOMの容量計算根拠と余裕率
- 保護協調票と試験成績(IEC準拠)
- 制御電源の局所UPS化・二重化範囲
- 接地・配線レイアウトとノイズ設計
- 異常時シーケンスと復帰手順、訓練
事後解析と継続改善
イベント発生後は波形とログから原因(故障種別・場所推定・除去時間)を特定し、系統側の整定、需要家側の容量、機器側の保持を順に見直す。改善は小さな投資から始め、効果を測定して次段階へ進める。こうしたPDCAにより、過剰投資を避けつつ堅牢な瞬低対策を実現できる。