焼き戻し|応力除去と靭性回復の二次熱処理

焼き戻し

焼き戻しは、焼入れで得た高硬度のマルテンサイト組織に対し、所定温度で再加熱・保持・冷却して靱性と寸法安定性を回復させる熱処理である。焼入れ直後の鋼は残留応力が大きく脆い。tempering(再加熱)により過飽和炭素が拡散し、微細炭化物の析出と格子欠陥の緩和が進むため、硬さ・靱性・耐摩耗性・疲労強度のバランスが整う。用途に応じて低温・中温・高温の温度域を選び、保持時間と冷却条件を管理することが重要である。

基本概念と目的

目的は①靱性の回復、②残留応力の除去、③寸法安定化、④所望硬さへの調整である。焼入れで生成したマルテンサイトはひずみと転位密度が高く、微小き裂の起点になりやすい。焼き戻しによってマルテンサイトは焼戻しマルテンサイトへと変態し、微細なε/θ炭化物が析出して破壊靱性と疲労限が向上する。合金鋼ではCr・Mo・Vなどの炭化物形成元素が析出挙動を制御し、二次硬化を示すことがある。

温度域と効果

低温域(150〜250℃)

内部応力の緩和とわずかな靱性回復が主で、硬さ低下は小さい。バネや刃物で高硬度を維持したい場合に用いる。油浴による均一加熱(油戻し)を採用すると温度均一性が高い。

中温域(300〜450℃)

硬さは適度に下がり、靱性が大きく改善する。機械構造用鋼の一般部品で広く用いられる。残留オーステナイトの分解も進み、寸法安定性が向上する。

高温域(500〜700℃)

強度を抑えて靱性と延性を重視する場合に選ぶ。合金工具鋼では微細合金炭化物の析出により二次硬化が現れ、耐摩耗性を維持しつつ靱性を確保できる。構造用Cr-Mo鋼(SCM系)では歯車・シャフトなどの靱性確保に有効である。

工程と管理

  1. 加熱:治具で反りを抑えつつ均熱。酸化・脱炭を避けるために保護雰囲気や真空炉が有効。
  2. 保持:部材厚みと熱伝導を考慮し、芯部まで目標温度に到達させる。一般に所定温度で30〜120分程度を目安とし、厚物は延長する。
  3. 冷却:空冷が基本。脆性域を避けるため必要に応じて急冷する。二回焼戻し・三回焼戻しを採用して残留オーステナイトの分解を確実にすることが多い。

機械的性質への影響

焼き戻しは硬さを調整し、靱性・耐衝撃性・疲労強度を向上させる。残留応力の低減で応力腐食割れや時効変形のリスクも低下する。一方、マルテンサイトの分解と炭化物析出により体積収縮と格子定数の変化が生じ、微小な寸法変化や反りが発生するため、精密部品では研削 allowance を見込む設計が望ましい。

焼き戻しぜい性と対策

戻り脆性は主に二種類ある。第一段のぜい性は200〜350℃付近で現れやすく、不純物偏析や特定炭化物の形成が関与する。第二段のぜい性は合金鋼で450〜600℃付近に発現し、粒界偏析(P・Sbなど)と組織安定化が影響する。対策は①ぜい性温度域を避ける、②焼戻し後は急冷する、③不純物の低い材料を用いる、④二回以上の焼戻しで残留オーステナイトを分解させる、などである。

温度・時間の決め方

実務では「焼戻し曲線(硬さ−温度/時間)」やホロモン−ジャフェの焼戻しパラメータを参照する。代表式は P = T(C + log t) で、Tは温度(Kまたは°F)、tは時間(h)、Cは材料に依存する定数である。目標硬さと靱性のバランスから温度を決め、厚みや合金元素、保持時間で微調整する。焼入れ直後の早期tempering(1時間以内)を習慣化すると割れ・破損リスクを下げられる。

代表鋼種と目標例

  • S45C:一般構造用。焼入れ後の焼き戻しを500〜650℃で行い、HRC20〜35程度を目安に軸・歯車の靱性を確保する。
  • SCM440:Cr-Mo鋼。高温域のtemperingで衝撃値と疲労限を両立させ、シャフト・ボルト類に用いる。
  • SKD11:冷間工具鋼。520〜560℃で二回以上の焼き戻しを行い、二次硬化によりHRC58〜62の高硬度と耐摩耗性を得る。
  • SKH51:高速度鋼。540〜580℃で複数回temperingし、微細合金炭化物によって高温硬さと赤熱硬さを確保する。

品質保証と検査

外観は脱炭・酸化皮膜・変色を確認し、必要に応じてショットやブラストでスケール除去を行う。硬さはHRC/HVで管理し、換算は目安にとどめる。重要部品では金相観察で焼戻しマルテンサイトと炭化物の分布を確認する。寸法は全長・真円度・面粗さまで測定し、反り補正や仕上げ研削で最終精度を担保する。

実務ノウハウ

焼入れ後は早期に焼き戻しへ移行する。厚肉品は浸漬温度の均一化に留意し、治具・トレイ接触部の熱陰影を避ける配置にする。真空炉では窒化・脱炭を抑制でき、寸法安定性が高い。工具鋼は二回以上のtemperingで残留オーステナイトを確実に分解し、クラック起点を減らす。水素ぜい性の懸念がある電解メッキ部品は、メッキ後に低温焼き戻し(ベーキング)を実施して吸蔵水素を放出させる。低温域の温度均一化には油浴や塩浴が有効で、温度偏差±3℃以内を目標とする。

関連熱処理との位置づけ

焼き戻しは焼入れと組み合わせて所望特性を得るための不可欠な後工程である。焼なましや焼ならしが素材の均質化や被削性向上に寄与するのに対し、temperingは最終特性の微調整を担う。工程設計では前処理(球状化・正火)→焼入れ→焼き戻し→仕上げ加工という流れを一貫して管理することで、性能とコストの最適化が図れる。