汚水
汚水とは、人間活動に起因して水質が劣化した水であり、家庭の台所・浴室・トイレ由来の生活排水や、工場・研究施設からの産業排水を含む概念である。日本の下水道分野では、降雨由来の雨水と区別して扱い、管路や処理場に集めて浄化し、公共用水域へ放流または再利用する。典型的な汚水は、有機物、懸濁物質、油脂、界面活性剤、微生物、栄養塩(窒素・リン)、重金属・色度・毒性物質などを含み、未処理の放流は富栄養化や溶存酸素の低下、悪臭・感染症のリスクを高めるため、体系的な処理が不可欠である。
定義と分類
工学的には汚水を①生活排水(し尿・雑排水)、②産業排水、③これらの混合水に大別する。下水道では、雨水と汚水を同一管で流す合流式と、別系統で扱う分流式があり、浸入水や不明水の管理は処理能力・越流水の抑制に直結する。都市域では商業・医療・給食施設の寄与、農村域では畜産・食品加工の寄与が相対的に大きく、原水性状は地域構造に依存する。
発生源と水質の特徴
家庭系汚水の主要負荷は台所の可溶性有機物・油脂、浴室の界面活性剤、トイレの窒素・病原微生物である。産業系では工程特有の汚染が卓越し、金属表面処理は重金属、繊維・パルプは色度と高COD、食品は高BOD・SS、石油化学は油分・難分解性化学物質が支配的となる。温度、pH、電気伝導度、毒性のばらつきは生物処理の安定性に影響するため、平衡化や有害成分の前処理が重要である。
代表的な水質指標
有機汚濁の指標としてBOD・COD、粒子状負荷のSS、富栄養化要因のT-N・T-P、反応環境のpH・DO、塩分影響のECが用いられる。家庭系汚水の原水BODは概ね100〜300 mg/L、SSは100〜200 mg/L程度が目安であるが、流入変動が大きいため時間加重・流量加重の把握が望ましい。微量物質として医薬品残渣や微小プラスチックも注目される。
処理プロセスの全体像
汚水処理は一般に、前処理(スクリーン・除砂・流量平準化)→一次処理(沈殿・油水分離)→二次処理(生物学的有機物除去)→三次・高度処理(栄養塩・微量物質除去、ろ過・吸着・膜)→消毒(塩素・オゾン・UV)の系列で設計される。処理水は放流のほか、中水道としてトイレ洗浄・散水・冷却補給水などに再利用されることがある。
前処理・一次処理
前処理ではスクリーンで粗大ごみを除去し、曝気式または重力式除砂で無機粒子を分離する。調整槽で負荷変動を平滑化し、一次沈殿で比重差によるSS・BODの一部を除去する。油脂が卓越する汚水ではグリーストラップや浮上分離(DAF)が有効である。
二次処理(生物処理)
活性汚泥法は最も普及し、曝気槽で微生物群集が有機物を酸化分解し、二次沈殿で汚泥を固液分離する。変法としてSBR、オキシデーションディッチ、硝化・脱窒を組み込むA/OやA2/Oがある。生物膜法(回転円板、生物ろ床)やMBRは占有面積が小さく高品質水を得やすい。高濃度有機汚水には嫌気性処理(UASB等)が適し、産生バイオガスのエネルギー回収が可能である。
三次・高度処理と消毒
リン除去には凝集沈殿や生物学的過剰リン除去、窒素には硝化・脱窒や膜分離、難分解性物質には活性炭吸着やオゾンなどの酸化が用いられる。固液分離は急速ろ過、精密ろ過(UF)、逆浸透(RO)等を選定する。消毒は残留性のある塩素、副生成物を抑えやすいUV、広域酸化力のオゾンから、水質・用途に応じて組み合わせる。
汚泥処理・資源化
一次・二次沈殿で発生する汚泥は濃縮後、好気または嫌気消化で安定化し、脱水・乾燥を経て焼却・再生利用される。嫌気消化ガスは発電・熱利用が可能で、ストルバイト回収によるリン資源化も進む。汚泥性状は汚水原水の性状と運転条件に依存する。
下水道システムと規制
管路は流量・硫化水素対策・浸入水管理を考慮し、マンホール越流(CSO)対策として貯留・一次処理の強化や雨天時運転の切替えを行う。放流水質は水質汚濁防止法や各自治体条例の排水基準を満足させる必要がある。特定施設からの汚水は事業場内での前処理義務や監視が課され、監視項目にはpH、BOD/COD、SS、ノルマルヘキサン抽出物質、窒素・リン、重金属等が含まれる。
産業排水の特徴と対策
工程別の特性に応じ、重金属は中和・硫化物沈殿、食品系高負荷は嫌気+好気の二段、生物阻害性が強い汚水は希釈・等量混合・吸着・酸化(Fenton、オゾン)などを組み合わせる。染料・色度は活性炭や高度酸化、油分は浮上分離・コアレッサで対処する。前処理の良否は後段生物処理の安定と余剰汚泥発生量に直結する。
BODとCODの相違
BODは生物学的に酸化されうる有機物量を示し、生物処理の設計・運転に適する。CODは酸化剤で化学的に酸化される成分の指標で、難分解性も反映する。両者の比(BOD/COD)は汚水の生分解性や処理フロー選定の目安となる。
臭気・腐敗と衛生管理
汚水は嫌気化によりH2Sや揮発性脂肪酸を生じ悪臭・腐食を招く。管路・調整槽での通気、薬注(硝酸塩、鉄塩)や嫌気化抑制、処理場内の局所換気・脱臭(活性炭・薬液洗浄)が重要である。病原体対策として接触時間・残留の確保、UV照度管理、二次汚染防止の動線設計が求められる。
再利用・循環の潮流
水資源制約への対応として汚水再利用が拡大し、都市では中水道、産業では冷却・洗浄、農業では灌漑への供給が検討される。膜分離や高度酸化の普及により微量汚染物質の管理が改善し、デジタルツイン・オンラインセンサーが運転最適化を支える。エネルギー回収と栄養塩回収は、処理場を資源工場へ転換する鍵である。