核磁気共鳴(NMR)
原子核のスピンと磁気モーメントが静磁場中で歳差運動し、共鳴条件で高周波電磁波を吸収・放出する現象を扱う計測法である。分子構造の同定、定量、動的過程の解析に有効で、溶液から固体、さらに医用画像まで広く応用される。本項では核磁気共鳴(NMR)の原理、装置、測定・解析法、応用上の注意を体系的に述べる。
原理:スピンとゼーマン分裂
核スピンをもつ核(例:1H、13C)は磁気モーメントを有し、外部磁場B0中でエネルギー準位がゼーマン分裂する。高周波磁場を印加して、下位準位から上位準位への遷移が起きると吸収が観測される。これが核磁気共鳴(NMR)の基本である。
共鳴条件とラーモア周波数
共鳴はω0=γB0(γ:核の磁気回転比)を満たすときに起こる。実測では周波数ν0(Hz)で議論し、磁場の均一性と安定性がスペクトル分解能を支配する。シム調整により不均一性を最小化することが重要である。
パルスNMRと時間領域信号
現代の測定はパルス法が主流である。短いRFパルスで核磁化を傾け、自由誘導減衰(FID)を時間領域で記録し、フーリエ変換で周波数領域スペクトルを得る。位相・ゲイン・受信帯域の最適化がピーク形状を左右する。
緩和:T1 と T2
縦緩和時間T1は磁化が平衡へ戻る時間、横緩和時間T2は位相緩和を表す。線幅は概ね1/πT2で与えられ、磁場不均一の影響を含む有効値T2*も実務上重要である。分子運動や相互作用の情報が緩和から得られる。
化学シフトと参照
電子遮蔽の違いにより共鳴周波数がわずかに変化し、化学シフトδ(ppm)で表す。溶液1H/13CではTMS、水系ではDSSなどを参照に用いる。ロック用に重水素化溶媒(CDCl3、D2O等)を使い、磁場ドリフトを補償する。
スピン結合(J結合)
結合電子を介したスカラー相互作用により多重線分裂が生じ、カップリング定数J(Hz)として読取る。分裂パターンは結合数や立体配置の手掛かりであり、置換基の同定や立体化学解析に寄与する。
2D NMR:相関と距離情報
COSYは同核間のJ相関、HSQC/HMQCは異核間一次相関、HMBCは長距離相関を与える。NOESY/ROESYは核オーバーハウザー効果を利用し、空間的近接(距離情報)を提供する。多次元化で複雑混合物の帰属が容易になる。
固体NMRとMAS
固体では異方性相互作用で線幅が広い。魔角54.74°で試料を高速回転するMASと高周波デカップリングにより分解能を改善する。CP/MASは感度の低い核への磁化移動で高感度化を実現する。
MRIへの応用
空間勾配磁場を重畳し位置依存の周波数・位相を付与することで画像化(MRI)が可能となる。組織のT1/T2差、拡散、流速などをコントラストに用い、非侵襲で内部情報を得る。
装置構成と磁場
超伝導磁石、シムコイル、プローブ、パルス発生器、受信系、デジタイザから成る。最近はクライオプローブや永久磁石型の小型装置も普及する。磁場強度は300–1200 MHz級(1H周波数)まで多様である。
定量NMR(qNMR)
ピーク積分がモル比に比例する特性を利用し、純度測定や標準物質の力価決定に用いる。内部標準、反転回復法によるT1補正、パルス角の均一化などが精度確保の要点である。
サンプル調製の要点
- 重水素化溶媒を選択し、適切な濃度と体積(一般に5 mm管で約0.6 mL)を確保する。
- 残留溶媒ピークや水抑制の条件を事前に確認する。
- 試料は不溶物を除去し、管内での層分離を避ける。
データ処理とフーリエ変換
- FIDにアポダイゼーション、ゼロフィルを施し、FFT後に位相・ベースラインを補正する。
- 参照物質でδ=0を確認し、積分範囲と窓関数の影響を評価する。
よくあるアーチファクト
ベースラインうねり、回転サイドバンド、折返し、放射減衰などが代表例である。測定条件と処理パラメータを系統的に点検して原因を切り分ける。
安全と取扱い
強磁場は強磁性体を強力に引き寄せる。実験室では工具や固定具を適正管理し、締結部にはボルトやねじの規格に合う非磁性材を用いる。ペースメーカー等の禁忌にも十分配慮する。