本質安全
本質安全とは、可燃性雰囲気や粉じん環境において、装置・回路が通常時および想定故障時でも点火に十分なエネルギーを発生させないよう、根本からエネルギーを制限する安全設計思想である。火花・高温部・静電気・機械的衝撃など、着火に関与しうる要因を源流で抑えるため、外殻の強度に依存する構造的防護よりも、電気・熱・化学反応のエネルギーバランスを低位に固定することを重視する。結果として、小型機器や計装回路、センサネットワークに適し、保全時の取り扱い自由度が高い。
定義と位置づけ
本質安全は防爆安全の一体系であり、危険源の除去・低減を最優先とする設計原則に属する。爆発下限界付近の混合気であっても、回路の最大放電エネルギー、温度上昇、表面温度、アーク時間を規定値以下に抑え、点火条件(可燃物・酸素・点火源)の三要素のうち「点火源」を恒常的に欠如させることを目標とする。
作動原理(エネルギー制限)
本質安全回路は、電圧・電流・電力・充電エネルギーを抑制し、正常時と一重故障時の双方で点火エネルギー以下に留める。典型的には、電源側で電圧制限素子、電流制限抵抗、ヒューズ、温度上昇抑制素子を組み合わせ、負荷側の寄生容量・インダクタンスによる放電・逆起電力も評価対象とする。
規格と分類の概要
国際的にはIEC系の防爆規格で本質安全(記号“Ex i”)が定義される。危険度や許容故障数に応じて“ia”“ib”“ic”などの保護レベルに細分化され、ゾーン0〜2(またはクラス/ディビジョン体系)に対応する。材料昇温限界や部品定格の冗長性も要求され、回路単体だけでなくシステム構成の相互作用まで審査対象となる。
設計指針(電気・熱・静電気)
- 電気:最大開放電圧、短絡電流、故障時のアークエネルギー、コイル開放時のサージを解析し、定格余裕と二重化で管理する。
- 熱:最悪環境での表面温度を群別に適合させ、発熱部の熱拡散と熱容量を設計する。
- 静電気:帯電しやすい樹脂部材は体積/表面抵抗を管理し、接地・シールドで放電リスクを下げる。
適用分野と利点
本質安全は、計装信号、フィールドセンサ、携帯端末、データ収集ユニットに広く適用される。通電状態での保全やライブ接続が可能となる場合が多く、軽量機器・狭隘部での運用に向く。工程の停止を最小化できるため、化学プラント、石油精製、医薬、食品、粉体搬送設備などで効果が大きい。
他の防爆構造との関係
本質安全は、火炎を封じ込める耐圧構造や、隙間で火炎伝播を遮る小形防爆などと設計思想が異なる。外殻強度や機械加工精度ではなく、回路・部品レベルのエネルギー制御を核とするため、配線・I/Oの拡張性や保守性に特徴がある。一方で、出力が小さく大電力機器には不向きであり、駆動部は他方式と併用されることが多い。
リスクアセスメントと検証
危険源同定、ハザード分析、故障モード評価(FMEA、FTA)を通じ、最悪条件(温度、混合比、故障連鎖)での点火余裕度を定量確認する。試験では、限界火花発生試験、温度上昇測定、静電気放電耐性、ケーブル長・容量/誘導の影響評価を行い、文書化とトレーサビリティを確保する。
典型回路とシステム構成
信号用の本質安全システムは、制御盤側の安全バリア(電圧/電流制限、絶縁)、現場側のセンサ/アクチュエータ、ゾーニングされた配線で構成する。ループ全体で最大エネルギーを算定し、ケーブルの分布定数や誘導性負荷開放時の過渡も含めたマージン設計を行う。
関連制度と実務
国内実務では、設備の安全衛生や建築・防災・高圧ガスに関わる法体系と整合を図る。設置・改造・保全の各段階で、適合証明・現地検査・図書管理を行い、変更点は再評価する。教育では、危険場所区分、配線方法、接地、機器識別の読み方を現場単位で徹底する。
用語上の注意
本質安全は「点火源を生じないようエネルギーを制限する」概念であり、「事故が起こり得ない」という意味ではない。ゾーン区分・ガスグループ・温度等級などの前提を逸脱すれば、設計意図は成立しないため、適用範囲の明確化が重要である。
設計ドキュメントの要点
- 正常/一重故障/二重故障の前提、最大回路定数、温度余裕、試験結果のエビデンス。
- 機器識別(例:Ex i表記、保護レベル、温度等級、設備番号)と図面対応。
- 保全手順(通電作業の可否、交換時の検証、変更管理)。
関連項目として、設備安全の基盤となる労働安全衛生法、建築物の安全確保に関わる建築基準法、危険物施設の防災を規定する消防法、圧力設備の取扱いに関わる高圧ガス保安法、電気設備の技術基準解釈に関係深い内線規程、締結部の着火リスク管理にも関連するボルトなどがある。