未対電子
未対電子とは、同一軌道に逆スピンの相棒を持たず単独で存在する電子である。1軌道あたり2個というパウリの排他原理により、通常は対スピンで安定化するが、軌道が単占有のまま残ると未対電子が現れ、常磁性、反応性、発光・吸収など多くの性質を左右する。ラジカル、遷移金属錯体の高スピン、欠陥に局在したスピンが代表である。
量子論的基礎
電子はs=1/2の固有スピンを持ち、m_s=±1/2の二値を取る。Hundの規則により縮退軌道はまず平行スピンで一人ずつ埋まり、エネルギー差が小さい場合に未対電子が生じる。これが交換相互作用を通じて安定化し、磁化や化学結合の選択性に影響を与える。
スピン多重度
全スピンSの多重度は2S+1で定義され、未対電子がn個ならS=n/2である。n=0のsingletは反磁性、n=1のdoubletは常磁性を示す。励起状態ではsingletとtripletの間で寿命や発光経路が変わり、有機ELやTADF設計では多重度制御が中核となる。
磁性との関係
未対電子を有する系は常磁性で、スピンのみの近似では有効磁気モーメントμ_eff≈√(n(n+2))μ_Bで概算できる。磁化率は概ねCurie則χ∝μ_eff^2/Tに従うが、現実には軌道寄与やスピン–軌道相互作用、結晶場の異方性が補正を与える。
ラジカルと反応性
化学では未対電子を持つ種をラジカルと呼び、均等開裂、連鎖開始、重合、酸化還元で要となる。反応性はスピン保存、共鳴安定化、立体障害、溶媒や温度に依存する。ニトロキシドラジカルのような持続性種はスピンプローブや安定剤として実用化されている。
遷移金属錯体
配位子場理論では結晶場分裂ΔとペアリングエネルギーPの大小が高スピン/低スピンを決める。Fe(II)八面体で弱場配位子なら未対電子が増え、強場なら対電子化する。スピンクロスオーバーは温度や光で誘起され、磁化・色の可逆変化を示す機能材料として注目される。
測定手法
- EPR/ESR: g因子や超微細結合から局所構造とスピン密度を推定
- SQUID/VSM: 高感度磁化でnの推定や相転移を検出
- NMRのパラ磁性シフト: スピン–格子緩和と距離情報の指標
工学的応用
触媒では金属中心の未対電子がO2活性化やC–H活性化を担い、Fenton型では•OH生成に寄与する。高分子のUV硬化や電子線架橋もラジカル機構に立脚する。プラズマ加工では表面に未対電子由来の活性種が生じ、改質やエッチングを促進する。
用語の整理
- ラジカル: 未対電子を持つ分子・原子
- 一重項/二重項/三重項: 多重度2S+1の分類
- 反磁性/常磁性: 対電子/非対電子の応答
- スピン密度: 空間に分布する未対電子の確率
- ペアリングエネルギーP: 電子対形成に要るエネルギー
- 結晶場分裂Δ: d軌道のエネルギー差
- μ_B, g因子: 磁気モーメントの定数
- spintronics: スピン自由度を使う工学分野