日本の土地制度史の変遷
日本の土地制度は、時代とともに大きく変遷してきた。この変遷は、日本の社会構造や経済の発展と密接に関連しており、それぞれの時代における土地制度は、その時代の特徴を色濃く反映している。土地制度の変遷は、大まかに古代、中世、近世、近代、現代の5つの時代に分けられる。
古代の土地制度:律令制
日本における最初の統一的な土地制度は、7世紀から8世紀にかけて導入された律令制である。律令制では、土地は国家の所有とされ、全国の土地が「班田収授法」に基づいて人民に配分された。各個人には口分田が与えられ、その土地は一定期間使用が許されるが、世襲は認められなかった。土地の所有権は国家にあり、人民は納税義務を負った。これにより、中央集権的な土地管理が可能となり、国家財政の基盤が強化された。
7C 公地公民制
公地公民制とは、改新の詔で打ち出され、以後律令国家の基本方針となる。天皇家の屯倉・子代の民や豪族の田荘・部曲を廃し、朝廷の直接支配とする。
7C 班田収授法
班田収授法は6歳以上の男女に口分田を班給する制度である。
- 良民男子2段(1段は360歩)
- 良民女子はその3分の2
- 家人・私奴婢は良民の3分の1
- 戸籍に基づいて、班田は6年ごとの班年に実施される。唐の均田法にならい、農民の生活を保障して徴税対象を確保するのが目的
- 田1段につき稲2束2把(収穫の約3%)
- 調:絹・絁・糸・布など郷土の産物の一種を一定量
- 庸:都の労役(歳役)10日にかえ、布2丈6尺(約8m)
- 雑徭:地方での労役60日以下
- 運脚:調・庸・交易雑物などの貢納物を中央政府へ運搬する人夫
8C 公民の窮乏
公民の窮乏・人口増加による口分田不足
722 百万町歩開墾計画
百万町歩開墾計画とは口分田不足を補うため、良田100万町歩を開墾する計画である。
723 三世一身の法
三世一身の法とは、開墾奨励の目的で、新たに溝池をつくって開墾した者は3世まで、旧来の施設を利用したものは本人一代(一身)の私有を認めた法令である。
743 墾田永年私財法:墾田の永久私有を認めた法令。政府の掌握する田地を増加させることにより土地支配の強化をはかる積極的な政策であったが、その一方で貴族・寺院や地方豪族たちの私有地拡大を進めることになった。
初期荘園の成立
765 加墾禁止令:道鏡政権下で出された法令 墾田永年私財法を否定するものであったが、失脚後はなくなる。
9C 直営田(公営田・官田・勅旨開田)の設置
10C
902 延喜の荘園整理令:違法な土地所有を禁止する。
背景:戸籍・計帳の制度が崩れている。班田収授が実施できなくなっている。
租・調・庸を取り立てて、諸国や国家の財政が維持できなくなっている。
班田実施(最後)・徴税方法の転換
11C開発領主(山林原野を開墾した田畑の所有者)の成長
寄進地系荘園の形成:国司らの圧迫を免れるため、開発領主らが、所有地を中央の権門勢家に名目上寄進してその荘官となり、利権を確保した荘園
1069 延久の荘園整理令
基準に合わない荘園を停止
貴族や寺院の支配する荘園と国司の支配する公領(国衙領)とを明確にした。
12C 荘園・公領制の成立 二元的支配
鎌倉幕府 封建制度:土地の給与を通じて、主人と従者が御恩と奉公の関係によって結ばれる制度
戦国時代
差出検地:家臣である領主に自己申告させるものと農民に自己申告させる。
分国法:領国支配の基本法
織田信長
関所の撤廃 楽市・楽座令
豊臣政権
太閤検地:土地の面積表示を全国統一する。
荘園制崩壊:農村の中に、色々な荘園の権利関係が重層的に存在していたが、権利関係が整理され個々の土地の所有者と税が決まった。
国絵図の提出 刀狩 人掃令 兵農分離
近世の土地制度:江戸時代の石高制
江戸時代になると、土地制度は再び中央集権的なものへと変化した。徳川幕府は石高制を採用し、土地の価値を米の生産量に基づいて評価した。各大名は、その石高に応じて領地を支配し、幕府に対して忠誠を誓う義務を負った。この制度により、土地の管理は厳格に行われ、領地の安定が図られた。しかし、農民にとっては重い年貢負担が課され、農村の生活は厳しいものとなった。
徳川幕府
幕藩体制 一国一城令 武家諸法度
1867 大政奉還
王政復古の大号令
1869 版籍奉還:諸藩主が土地と人民を返上した改革
1871 廃藩置県:幕藩体制の旧態を解体し、全国を政府の直轄地とする改革
近代の土地制度:明治維新と地租改正
明治維新後、日本は封建制度を廃止し、近代国家を目指す中で、土地制度も大きく変革された。1873年に地租改正が行われ、土地は個人の所有とされ、地価に基づいて地租が課せられるようになった。これにより、土地所有者は法律上の権利を有し、自由に土地を売買できるようになった。地租改正は、国家財政の安定に寄与するとともに、農民に新たな負担を課すこととなり、一部では反発も生じた。
現代の土地制度:戦後の農地改革
第二次世界大戦後、日本は戦後復興の一環として、農地改革を実施した。これにより、大地主から土地が没収され、小作農に対して土地が分配された。農地改革は、日本の農村社会における土地の平等分配を促進し、農民の生活向上に寄与した。また、土地の所有と利用に関する法律も整備され、現代に至るまで、日本の土地制度は安定的に維持されている。