差動アンプ
差動アンプは、2つの入力信号の電圧差のみを増幅し、共通に重畳する雑音やオフセット(共通モード成分)を抑圧する増幅回路である。BJTやMOSFETの差動対を基本単位とし、テール電流源と負荷で構成する。理想的には差動利得Adが高く、共通モード利得Acmが低いことが求められ、指標としてCMRR = 20log10(Ad/Acm)を用いる。高いCMRRは計測、通信、制御の信頼性に直結し、ブリッジセンサの微小信号や長距離配線のノイズ環境で威力を発揮する。本回路はオペアンプの入力段や計装アンプの中核でもあり、アナログ設計の基礎要素である。
原理と小信号モデル
差動アンプは、左右のトランジスタに等しいテール電流を分配し、差動入力により電流の分配比が変わる仕組みで動作する。小信号等価回路では各素子のトランスコンダクタンスgmと出力抵抗ro、負荷抵抗RD/RLを用いて差動利得Ad ≈ (gm·Ro)(Roは見込み出力抵抗)で近似できる。共通モード入力では両トランジスタが同相で動作し、理想的テール電流源の高いインピーダンスにより出力変動が抑制される。
基本構成とバリエーション
- 入力差動対:BJT(高gm・入力電流あり)かMOSFET(高入力抵抗・閾値ばらつき)を選択する。
- テール電流源:定電流ダイオード、BJT/MOSカレントミラー、抵抗帰還などで実現する。高インピーダンス化がCMRR向上に寄与する。
- 負荷:抵抗負荷は単純で広帯域、アクティブ負荷(カスコードやミラー負荷)は高利得が得やすい。
- エミッタ/ソース退化:小抵抗を直列に入れ直線性を改善し、ゲインを安定化するが利得は低下する。
- 出力段:シングルエンド取り出しには変換(差動→単端)を要し、差動出力のまま次段へ渡すと同相ノイズ耐性が高い。
性能指標と式
主要指標は差動利得Ad、共通モード利得Acm、CMRR = 20log10(Ad/Acm)、入力換算雑音電圧en・電流in、入力オフセット電圧、入力バイアス電流、帯域幅、スルーレート(内部容量が支配)である。入力範囲は共通モード入力範囲(CMIR)で定義し、ヘッドルーム不足は飽和や歪みの原因となる。温度ドリフトはVbeやVth、抵抗温度係数が支配し、素子マッチングと熱対称設計で低減する。
設計手順(ディスクリート例)
- 要件定義:必要利得、帯域、CMRR、入出力範囲、負荷条件、電源電圧を定める。
- バイアス設計:テール電流Itailを利得・帯域・雑音の折衷で決め、電流源のコンプライアンス確保を優先する。
- 素子選定:BJTは低雑音・高gm、MOSFETは高入力抵抗・CMIR確保に有利。ftとCgd/Cgs(またはCπ/Cμ)を確認する。
- 負荷設計:必要利得からRoやアクティブ負荷のミラー比を決め、位相余裕を見込む。
- 線形化:退化抵抗で歪み低減、カスコードでミラー効果抑制、必要に応じて温度補償ネットワークを付与。
- 安定性:寄生容量・配線インダクタンスを見込んで極零点配置を評価し、補償容量を検討する。
レイアウトと実装上の要点
- 熱対称:差動ペアは熱結合し、同一方向・同一距離のトレースでマッチングを確保する。
- 基準帰路:テール電流源と入力リターンの基準を安定化し、ループ面積を最小化する。
- コモンモード経路:出力の取り回しは左右対称とし、シングルエンド変換点でのリターン経路を明確化する。
- 保護:入力にクランプ、シリーズ抵抗、ESD保護を配置し、大信号の過電圧で素子破壊を防ぐ。
雑音・オフセットとその低減
差動アンプの雑音は入力デバイス雑音、抵抗熱雑音、電源リップル注入で決まる。退化抵抗でgm依存を緩和し、帯域外雑音はフィルタで除去する。オフセットは素子ばらつきと温度差から生じ、トリミング、チョッパ安定化、オートゼロ技術が有効である。電源変動抑圧比(PSRR)向上にはカスコード化やリファレンスのローノイズ化が効く。
応用例
- ブリッジセンサ増幅:ホイートストンブリッジのμV~mV差電圧を高CMRRで増幅し、後段ADCへ供給する。
- ライン受信:差動配線(ツイストペア)の同相ノイズを抑えて信号のみ抽出する。
- オペアンプ内部:入力段に差動対+アクティブ負荷を用いて高利得・高CMRRを実現する。
- 計装アンプ:多段差動とバッファでゲイン可変・高入力抵抗・極めて高CMRRを達成する。
測定・評価
CMRRは差動入力を短絡し、共通モードに正弦波を与えて出力を測定する。Adは差動正弦印加で求め、Acmは同相印加で求める。雑音は入力短絡で出力スペクトル密度を測定し、利得で割り戻して入力換算する。帯域は利得-3 dB点、位相余裕はボード線図やループ解析で確認する。
補足:差動—単端変換とバランス
シングルエンド出力が必要な場合、片側出力をGND参照で用いると共通モードの影響が残る。理想的には差動出力をトランスや差動—単端変換段(アクティブ負荷+カレントミラー等)で処理し、バランスを維持する。また、入出力コモンモードの上限・下限は電源電圧と素子ヘッドルームで決まるため、余裕度を設計初期に数値化しておくことが重要である。
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