原子半径
原子半径は、原子の大きさを表す代表値であり、結合様式や環境により定義が複数存在する量である。孤立原子の電子分布には明確な境界がないため、原子半径は「原子間距離の半分」などの操作的定義で与えられる。典型的には共有結合での核間距離から求める共価半径、金属結晶の最近接原子間距離から求める金属半径、非結合状態での最近接距離から定義するファンデルワールス半径などが用いられる。周期表に沿って横方向(周期)には一般に減少、縦方向(族)には増大する傾向が見られ、これは有効核電荷の増加と主量子数の増加、遮蔽効果のバランスで説明できる。設計や解析では、対象物質や現象に応じて適切な定義の原子半径を選択することが重要である。[/toc]
定義と種類
原子半径は状況依存の代表値であるため、以下のように使い分ける。
- 共価半径(rcov):同一元素原子同士が単結合したときの核間距離の半分。分子結晶や共有結合性固体の構造議論に適する。
- 金属半径(rmet):金属結晶の最近接原子間距離の半分。配位数や結晶構造(FCC・BCC・HCP)に依存する。
- ファンデルワールス半径(rvdW):非結合状態での最近接距離の半分。希ガス固体や分子間相互作用の見積りに用いる。
- 関連量:イオン半径は厳密には原子半径ではないが、酸化物・窒化物などイオン性固体の格子安定性評価に不可欠である。
測定・推定法と数式関係
原子半径は直接測れないため、結晶・分子の幾何から逆算する。X線回折(XRD)で得た格子定数 a から金属結晶の r を幾何学で求めるのが基本で、FCC なら r = a√2/4、BCC なら r = a√3/4 が成り立つ。共有結合性結晶・分子では高精度回折や分光から核間距離を決め、その半分を共価半径とする。非結合系では凝縮希ガスの最近接距離、気相衝突散乱、あるいは分子力学パラメータから rvdWを与える。近年は量子化学(HF/DFT)により電子密度等値面(例:0.001 e/bohr3)で定義した有効原子半径も利用される。
周期表に沿った一般傾向
原子半径は周期(左→右)で減少、族(上→下)で増大する。周期内では電子が同じ主量子数殻に充填される一方で有効核電荷 Zeff が増し、電子雲が引き締まるため半径は小さくなる。族方向では主量子数が増え外殻軌道が外側に広がるため大きくなる。遷移金属では d 軌道の遮蔽が不完全で Zeffが効きやすく、周期内の半径変化が緩やか〜停滞する領域が現れる。
例外・精密効果
- ランタノイド収縮:4f 軌道の遮蔽が弱く、La→Lu で半径が徐々に縮む。このため 5d 系(Hf など)が 4d 系(Zr など)と近い半径となる。
- d 軌道収縮と相対論効果:重元素では内殻 s 電子の相対論的収縮と d 軌道の広がりが絡み、周期傾向に微妙なずれを生む。
- 配位数依存:金属半径や rvdW は配位環境・温度・圧力で数%変化しうる。
単位と代表値
原子半径の単位は主に pm(ピコメートル)または Å(オングストローム、1 Å = 100 pm)である。物理定数として知られるボーア半径 a0 ≈ 0.529 Å は水素様原子の基底状態における理論的スケールで、経験的な共価半径・金属半径・rvdWとは定義が異なる指標である。金属半径は概ね 120–180 pm、共価半径は 30–160 pm、rvdWは 100–220 pm 程度の範囲に分布する。
結晶構造・格子定数との関係
金属結晶では幾何学関係から原子半径と格子定数が一意に結び付く。FCC・HCP は充填率が高く原子は緊密、BCC は空隙が大きめで拡散経路に差異が出る。合金設計では置換型固溶には半径差が概ね±15%以内(ヒューム・ロスリーの経験則)が目安となり、これを超えると固溶限は低下しやすい。格子不整合によるミスフィット歪みは析出強化・時効挙動にも影響するため、母相と溶質の原子半径差の把握は機械特性の最適化に直結する。
材料設計・プロセスでの活用
- 拡散と相安定性:原子半径は活性化エネルギーや欠陥形成の傾向に関与し、熱処理や焼結条件の最適化に役立つ。
- 触媒・表面:rvdWは吸着幾何・立体障害の見積りに有用で、細孔径との整合で選択性が変化する。
- 機能性セラミックス:イオン半径と併用して配位多面体の安定性(例:ペロブスカイトのトレランスファクタ)を評価する。
- 分子シミュレーション:力場の Lennard-Jones パラメータ(σ)は実質的な rvdWスケールを与え、分子間力の再現に寄与する。
関連概念との違いと注意
原子半径は単一の「真値」ではなく、定義ごとに数値が異なる。共価半径は結合距離由来で化学結合の議論に適し、金属半径は結晶幾何から決まり機械的・拡散的性質と相関しやすい。rvdWは非結合相互作用や結晶間隙の評価に使う。イオン半径は酸化数・配位数依存性が強く、同一元素でも状況で値が変わる。比較・引用の際は定義・参照データベース・測定条件を明示することが望ましい。
他の元素群との関連
原子半径の周期傾向は元素群の性質変化と直結する。例えばアルカリ金属は半径が大きくイオン化が容易であり、アルカリ土類金属も反応性が高い。一方、遷移金属では d 電子の影響で周期内の半径変化が緩やかになる。p ブロックでは炭素族・窒素族・酸素族・ハロゲン・希ガスと進むにつれて Zeffが増し半径は縮む。f ブロックのランタノイドから続く収縮はアクチノイドにも影響し、重元素の化学を特徴付ける。
実務での使い分け指針
- 結晶幾何・格子定数・密度計算:金属半径を用いる。
- 分子構造・結合長推定:共価半径を優先する。
- 分子間相互作用・パッキング・吸着:rvdWを参照する。
- セラミックスの配位安定・サイト置換:イオン半径と併用し、環境依存性に留意する。
- 文献比較:定義・配位数・温度・圧力・データソースを必ず明記する。