化成処理
化成処理は、金属素地の表面で化学反応を進行させ、難溶性のリン酸塩や酸化物などの薄い無機皮膜を生成する前処理である。めっきや塗装と異なり、被覆材を外部から付与するのではなく、素地金属と薬液が反応して皮膜を「転化」させる点に特徴がある。皮膜は数百nm〜数十μm程度で、耐食性の向上、塗装密着性の改善、摺動・初期なじみ性の付与など、量産製造における信頼性を高める要素技術である。
定義と原理
化成処理の原理は、酸性または弱酸性の薬液中で金属表面を部分的に溶解・活性化し、同時にリン酸塩や水和酸化物などの難溶生成物を核生成・成長させ、微細結晶の皮膜として定着させる点にある。鉄鋼ではリン酸亜鉛やリン酸マンガン、アルミニウムではクロメート代替のジルコニウム系やチタン系が広く用いられる。皮膜の結晶粒径、孔隙率、厚みは、浴のpH、温度、濃度、加速剤、処理時間、攪拌・噴射条件で制御する。
目的と効果
- 耐食性の付与:皮膜そのもののバリア性と、塗膜下でのアノード反応抑制。
- 塗装下地:表面自由エネルギーの調整とアンカー効果により密着性を向上。
- 摺動・なじみ性:リン酸マンガン皮膜は潤滑油保持性が高く、摩耗初期を安定化。
- 電気特性:酸化皮膜は一部で絶縁性を示し、接触抵抗や導通設計に影響。
- 外観の均一化:微細粗さの整形により塗装外観のムラを抑制。
代表的な種類
リン酸塩皮膜(鉄・亜鉛・マンガン)
鉄鋼や亜鉛めっき鋼板の前処理として最も普及する。リン酸亜鉛は塗装下地向け、リン酸マンガンは摺動部品に多い。皮膜重量はg/m²またはmg/dm²で規定され、一般に3〜15μm程度。結晶は花弁状や柱状で、塗料の機械的アンカーを形成する。自動車ボディのカチオン電着前では、微細結晶・低スラッジ型の省エネプロセスが主流である。
クロメート/ノンクロム化成
六価Crのクロメートは自己修復性と耐食性に優れたが、環境規制(RoHS、REACH)により縮小。代替として三価CrやZr/Tiベースのノンクロム皮膜が主流である。アルミや亜鉛表面に薄膜(0.1〜1μm)を形成し、導電性や塗装密着性を両立させる設計が行われる。
黒染め(四三酸化鉄皮膜)
鉄鋼の表面をアルカリ性浴で酸化し、Fe₃O₄皮膜(通称黒染め)を生成する。膜厚は薄く耐食性は単体では限定的だが、油浸との併用で防錆と反射防止効果が得られる。測定工具、治具、装飾用途にも広い。
アルミのノンクロム化成と陽極酸化の位置づけ
アルミニウムでは、Zr/Ti系のノンクロム化成が塗装下地として用いられる。一方、陽極酸化(アルマイト)は電解により厚い多孔質酸化皮膜(数μm〜数十μm)を形成する別工程であり、染色・封孔と組み合わせて耐食・耐摩耗・意匠性を高める。用途や後工程に応じて適材適所で選ぶ。
工程フローと管理
- 前洗浄・脱脂(アルカリ・界面活性剤)
- 水洗
- 酸洗・エッチング(スケール・酸化物除去)
- 化成処理(噴射または浸漬)
- 水洗(多段カスケードが望ましい)
- シール処理(必要に応じて)
- 乾燥・冷却・検査
浴管理では、pH、温度、総酸・遊離酸、金属イオン濃度、加速剤、スラッジ生成量を定期測定し、補給・ブロー・ろ過で安定化する。噴射型ではノズル配置と圧力が皮膜均一性を左右する。被処理材の材質差(高張力鋼、溶融亜鉛めっき鋼板など)にも配慮する。
適用材料と用途
化成処理は、自動車ボディ・シャシ、家電筐体、建材、機械構造部品、ねじ・プレス品、アルミサッシや自転車フレームなど幅広い。例えばボルトの量産では、リン酸マンガンにより初期なじみを確保し、かじりや焼付きの低減を図る運用がある。アルミ筐体ではノンクロム皮膜で電着塗装や粉体塗装の密着性を安定化する。
設計と品質保証の要点
図面・仕様書には、材質、処理種別(例:リン酸亜鉛系、Zr系ノンクロム)、皮膜重量または膜厚、外観、後工程(電着、粉体、溶剤塗装など)、試験項目を明示する。塩水噴霧(JIS Z 2371/ISO 9227)やクロスカット密着性(ISO 2409 相当)、湿潤試験、摩耗・摺動評価を組み合わせ、工程能力(CP/CPK)で量産安定性を確認する。鉄鋼の酸洗では高強度材の水素ぜい化に注意し、過剰な酸浸漬を避ける。
欠陥例と対策
- 皮膜ムラ・白化:前処理不足や濃度・温度のばらつき。前洗浄強化と浴条件の是正。
- 粉化(もろい皮膜):過成長や金属イオン過多。総酸・遊離酸比の最適化とスラッジ管理。
- 密着不良:油残渣・スマット残り。脱脂・酸洗の見直し、活性化ステップの追加。
- 白錆・赤錆早期発生:乾燥不足やシール不良。乾燥条件の安定化と後処理最適化。
環境・法規制と安全
化成処理に伴う排水は、金属イオン、フッ素、リン酸塩などの負荷を含む。凝集沈殿・中和・キレート分解・膜分離を適用し、スラッジは適切に産廃処理する。クロムを含む旧来技術はRoHSやREACHを遵守し、三価CrやZr/Ti代替、低リン・低スラッジ型プロセスへ転換する。作業者の安全確保として、薬液飛散対策、密閉・換気、PPEの着用、こぼれ検知が重要である。
実務における指定例
例:冷間圧延鋼板SPCC、リン酸亜鉛系化成処理、皮膜重量規定、電着塗装下地。工程はアルカリ脱脂→水洗→酸洗→活性化→化成処理(噴射60〜90秒)→水洗多段→シール→乾燥。検査は外観、皮膜重量、塗装後の密着性(クロスカット)、塩水噴霧240h。温度・濃度・pH・スプレー圧の管理値は管理図で日常監視する。
用語メモ(管理指標)
総酸・遊離酸:浴の酸度指標で皮膜結晶の粗密に影響。加速剤:反応の初期核生成を促進する添加剤。スラッジ:皮膜副生成物で噴射ノズル詰まりの原因。シール:後処理で皮膜孔や表面を安定化する工程。これらの定義をそろえ、ロット間の再現性を確保することが量産品質の肝要である。