分子|構造・結合・運動が性質を決定

分子

複数の原子が化学結合で結ばれ、電気的に中性な粒子を分子という。気体や液体、分子性固体では個々の分子が並進・回転・振動運動を行い、巨視的な物性を与える。イオン結晶や金属結晶は結合が無限に広がるため、明確な分子を定義しない。希ガスの単原子も伝統的に分子と呼ぶことがあるが、一般には多原子粒子を指す。

定義と範囲

分子は共価結合によって原子が一定の配置で束縛された集合体である。経験式は組成、構造式は結合順序、立体化学は三次元配置を示す。高分子は多数の反復単位からなる巨大分子であり、平均分子量で特徴づける。イオン対や格子欠陥を除けば、金属・イオン結晶は分子概念の対象外である。

歴史と概念の発展

A. Avogadro は1811年に気体の等体積・等温・等圧下で構成粒子数が等しいと仮定し、化学式の解釈を導いた。熱運動の理解や統計力学の発展により分子の運動像が確立し、量子力学が電子構造から結合の起源を説明した。これにより分子スケールから材料設計へ橋渡しが可能になった。

構造表現

  • 構造式・縮合式:原子の結合関係を示し、機能基と分子骨格を把握できる。
  • 球棒模型:結合角・結合長を直観的に示し、反応立体選択性の説明に有用である。
  • 空間充填模型:立体占有と密充填を表し、分子間相互作用の評価に適する。
  • VSEPR・点群:幾何と対称性を分類し、選択則やスペクトル強度を予測する。
  • グラフ表現:原子を頂点、結合を辺とし、計算機による探索・同型判定に用いる。

結合と電子構造

共価結合は軌道の重なりに起因し、σ/π結合や共鳴が安定化に寄与する。HOMO–LUMO ギャップは光学応答や反応性を規定する。極性結合をもつ分子は双極子を示し、分子間力(van der Waals、水素結合)が凝集相の性質を決める。芳香族性は環電流と平面性で特徴付けられる。

幾何と対称性

結合長・結合角・二面角が分子の幾何を定める。点群対称性は振動モードの縮重や遷移の許容性を与え、赤外・ラマン活性の有無を判定できる。配座異性は単結合回転による極小間の遷移であり、溶媒・温度によって分布が変化する。立体障害は反応座標を制御する。

物性とスケール

典型的な分子サイズは0.1–1 nmである。回転・振動準位は量子化され、気相スペクトルに離散線が現れる。凝縮相では分子間相互作用が線幅を広げる。蒸気圧、沸点、粘度などの巨視特性は分子間力と形状因子に依存し、直鎖より分岐で沸点が低下することが多い。

量の単位(モル)

物質量はモルで表し、アボガドロ定数 NA=6.02214076×10^23 mol^-1 は2019年のSI改定で定義値となった。n mol の分子個数は n×NA で与えられる。モル質量 M は質量 m と物質量 n の比 M=m/n であり、等温等圧下の理想気体では分子数密度が状態方程式から決定できる。

スペクトルと同定

IR は結合の伸縮・変角、Raman は対称振動、NMR は化学シフト・結合定数から局所環境を与える。UV–Vis はπ–π*遷移、MS は質量/電荷比で分子式を推定する。選択則により観測可否が決まり、複合解析で立体化学や配座を同定できる。X-ray 回折は結晶中の平均構造を与える。

反応と速度論

衝突論は有効断面積とエネルギー分布から速度定数を与える。遷移状態理論では活性化ギブズエネルギーで律速が記述され、Arrhenius 則 k=A exp(−Ea/RT) に接続する。溶媒和や触媒は反応座標の自由エネルギー地形を変え、分子選択性や収率を制御する。

溶液と相互作用

溶液中の分子は溶媒和殻を形成する。極性溶媒は双極子を安定化し、非極性溶媒では疎水相互作用が顕在化する。活量係数は理想性からの偏りを表し、希薄極限では Henry 則が成り立つ。界面では吸着が起こり、反応・分離・濡れ性に影響する。

計算化学とモデリング

ab initio や DFT は電子構造から力を計算し、最適化で安定構造を得る。分子力場による MD は多数の分子の時間発展を追跡でき、粗視化モデルは長時間・大系統を扱う。計算結果はスペクトル・熱物性・拡散係数の予測や触媒設計に利用される。

安全・規格情報の読み方

  • GHS・SDS:危険有害性、応急措置、保管・廃棄を確認し、分子のリスクを管理する。
  • JIS・ISO:試験方法・用語・記号を標準化し、測定の再現性を確保する。
  • JIS K 規格:分析・純度判定の手順を定め、工業材料中の分子成分を定量する。
  • 試薬等級:純度・不純物限度を明示し、品質保証に資する。

関連分野と応用

医薬ではリガンド–標的相互作用を最適化し、材料ではπ共役分子で光・電気特性を設計する。分離工学はサイズ・極性差で分子を精製し、触媒は活性点近傍で遷移状態を安定化する。環境計測では痕跡分子を高感度で検出し、製造現場の品質・安全に直結する。