冷接点補償
冷接点補償は、熱電対測温で基準接点(冷接点)の温度を正しく取り込むための手法である。熱電対の起電力は2点間の温度差で決まり、規格表は基準接点が0℃のときの起電力を前提とする。現実の装置では端子台やコネクタは室温であり0℃ではないため、基準接点温度を別途測定し、相当起電力を演算で加算することで0℃基準へ換算する。この処理を総称して冷接点補償と呼ぶ。誤差を最小にするには、精度の高い温度センサ、等温ブロック設計、低雑音計測回路、規格化テーブル(NIST/ITS-90)に基づく換算アルゴリズムが鍵となる。
熱電対と基準接点の原理
異種金属の接点に温度差が生じると起電力が発生する(ゼーベック効果)。熱電対の規格表は「測温接点Thotと基準接点0℃」の組で定義された起電力E(Thot,0)である。一方、実機では基準接点はTref(おおむね室温)であるから、計測されるのはE(Thot,Tref)である。よってE(Thot,0)=E(Thot,Tref)+E(Tref,0)という関係を用い、E(Tref,0)を演算で加えて0℃基準に変換する必要がある。この概念実装が冷接点補償である。
なぜ冷接点補償が必要か
同じ測温接点でも、季節や装置内部の発熱によりTrefは変動する。冷接点補償が無いと、Trefの変化がそのまま温度誤差に乗り、特に高精度プロセスや広範囲温度の測定で大きな系統誤差を生む。正しい温度は「差」ではなく「基準に対する絶対値」として必要であり、冷接点補償はその橋渡しを担う。
冷接点補償の計算手順
- 基準接点温度Trefをサーミスタ、RTD(PT100/PT1000)、または温度ICで測る。
- NIST/ITS-90の熱電対種別(K、T、J、Nなど)に対応する換算式/テーブルからE(Tref,0)を算出する。
- 熱電対の実測起電力Vmeas=E(Thot,Tref)を高分解能ADCで取得する。
- V0=Vmeas+E(Tref,0)として0℃基準の相当起電力を得る。
- V0から逆変換しThotを求める。高温域では非線形が大きいため分割多項式や反復解法を用いる。
実装方式とセンサ選定
- サーミスタ(B定数法): 安価・高感度。狭温域のTref計測に適し、冷接点補償の主流である。
- RTD(PT100/PT1000): 長期安定性・再現性に優れる。校正トレーサビリティを取りやすい。
- 温度IC(I2C/SPI/アナログ出力): 線形性が良く実装容易。等温ブロック直近に配置する。
- 専用IC(例: MAX31856 等): 種別選択、冷接点補償、線形化、フィルタを内蔵し実装を簡素化する。
アナログ方式とデジタル方式
アナログ方式は、Trefの相当起電力をアナログ的に合成し増幅する。構成が単純で遅延が小さいが、温度-電圧変換部の誤差や温度ドリフト管理が要る。デジタル方式は、熱電対電圧とTrefをADCで取り込み、冷接点補償と線形化をマイコンや専用ICで行う。係数更新やフィルタ設計が柔軟で、自己診断とも親和性が高い。
誤差要因と低減策
- 等温性不足: 端子周辺に温度勾配があるとTrefの代表値が崩れる。厚みのある等温ブロックで熱容量を確保し、外乱風・放射を遮蔽する。
- センサ自己発熱: 微小電流化し熱結合材で逃がす。
- リード・接点差金属: 異種金属が複数点あると想定外の熱起電力が乗る。等温に保つか同材質で統一する。
- 電気ノイズ: 微小mV信号ゆえ差動配線、シールド、RC/デジタルFIRフィルタ、50/60Hzノッチを併用する。
- ADC/基準源: 参照電圧の温度係数、INL/DNL、オフセットドリフトは冷接点補償の最終精度を支配する。
等温ブロック設計の要点
銅やアルミの塊に端子台とTrefセンサを密着配置し、熱伝導グリースで界面熱抵抗を下げる。ブロックは筐体の気流から隔離し、放射シールドを設ける。伝熱経路が偏らないよう配線取り回しを対称にし、発熱素子を近傍に置かない。これにより冷接点補償の実効Trefが安定する。
アルゴリズムと線形化
ITS-90の種別別多項式を使い、T→EとE→Tで係数が異なる点に注意する。数値的には区間分割と多項式近似、またはテーブル+補間(例えばスプラインまたは線形)を用いる。演算誤差は温度に換算されるため、固定小数点ではスケーリングを設計し、浮動小数点では丸めと演算順序を最適化する。自己診断として範囲外E検出、Tref異常検出、断線/短絡判定を実装すると冷接点補償の信頼性が向上する。
校正と検証
まずTref系を0℃氷点浴で確認し、1点または2点校正でオフセットとゲインを補正する。続いて熱電対系を既知温度源(ドライブロックなど)で検証し、E和演算と逆変換の一貫性を評価する。温度レンジ全域で残差を記録し、統計的に3σが仕様内に収まることを確認する。長期ドリフトは定期点検で監視し、ファーム更新で係数を再設定する。
産業応用と設計実務の勘所
プロセス産業、半導体製造、発電ボイラ、熱処理炉、車載排気後処理などで冷接点補償は不可欠である。現場では端子箱の等温化、センサ固着の再現性、接点清浄化、ケーブル引き回し、グラウンドの単一点化が成果を左右する。仕様策定では許容誤差を「測温接点温度」「Tref測定」「換算演算」「回路雑音」に配賦し、環境温度範囲とウォームアップ時間を明文化する。これらを整えることで、冷接点補償は規格表どおりの熱電対精度を現場で引き出す設計技術となる。