体温計
体温計は人体の深部温度を非侵襲に推定・表示する計測器である。医療・家庭・産業衛生に広く用いられ、センサ原理は接触式(サーミスタ、熱電対、白金測温抵抗体)と非接触式(赤外線放射温度計)に大別される。接触式体温計は皮膚や粘膜近傍の熱伝導と血流により測温部が平衡温度へ漸近する動作を利用し、予測式により到達温を先読みする。一方、非接触式体温計は鼓膜や前額の放射輝度から温度を逆算し、放射率と視野、環境反射の補正を要する。表示分解能は0.1℃が一般的で、医療用途では確度(系統誤差)と再現性(偶然誤差)、応答時間、衛生性(洗浄・消毒耐性)が主要な評価指標となる。
計測原理
接触式ではセンサ素子と測定部位の熱バランスにより温度が変化する。時間応答は熱容量と熱伝達で決まり、センサ温度は指数関数的に真値へ収束する。非接触式では放射エネルギーから温度を推定するため、Stefan-Boltzmannの法則(放射輝度∝σ·ε·T^4)を用いる。ここでεは放射率、Tは絶対温度である。皮膚のεは波長帯で概ね高いが、汗・化粧品・測定角度により実効値が変化しうるため、非接触式では視野内に他物体の放射が入り込まないよう配慮する必要がある。
種類と特徴
- 接触式:腋下・口腔・直腸用など用途別プローブがある。サーミスタは感度が高く小型化が容易で、医療用体温計で広く採用される。白金測温抵抗体は安定性に優れ校正基準と相性が良い。
- 耳(鼓膜)赤外線:鼓膜と鼓室内組織の放射を計測し深部温推定を行う。挿入角度や耳道の密閉性が精度を左右する。
- 額(非接触)赤外線:素早いスクリーニングに適し、移動体でも測りやすい。環境温、風、額の発汗に対し補正アルゴリズムが重要である。
- 連続モニタ:ウェアラブル型は皮膚温の変動から平衡モデルで深部温を推定する。ノイズ低減や個人差補正が鍵となる。
精度と不確かさ
表示値の信頼性は「確度(系統誤差)」と「再現性(標準偏差)」の合成不確かさで評価する。臨床グレードでは±0.1℃程度の最大許容誤差を設ける例が多いが、測定部位、姿勢、環境、装置個体差が寄与する。非接触方式では放射率の仮定、背景反射、視野内混入、距離・角度依存性が主要因であり、接触方式ではプローブ圧、熱的平衡不足、皮膚灌流の個体差が誤差源となる。
校正とトレーサビリティ
接触式は基準温度計(例:白金標準温度計)にトレーサブルな恒温槽で多点校正を行い、線形化係数を更新する。水の相変化点(氷点、沸点)や37℃付近の等温点基準を用いた2点/3点校正が実務的である。非接触式は黒体炉による放射校正が基本で、帯域特性と放射率設定の妥当性を合わせて検証する。定期校正周期は使用頻度と要求精度に応じて設定する。
応答時間と熱設計
応答時間は時定数τ=C/G(C:センサ・プローブの熱容量、G:測定部への熱コンダクタンス)で概略評価できる。τを小さくするにはプローブ先端の質量を減らし、高熱伝導材料を選定し、熱抵抗の大きい接着層を最小化する。アルゴリズム面では短時間データから終局温度を推定する予測式を用い、計測時間を実用上数十秒から数秒へ短縮できる。
設計と安全性
医療用体温計は生体適合材料の選定、角部R付与、表面粗さ管理、洗浄薬品への耐性が求められる。防水はIPX7相当が望ましく、電気安全(IEC 60601-1)とEMC(IEC 60601-1-2)への適合が必須である。非接触式では光学窓材の透過率・耐薬品性、迷光対策、温度ドリフト補償を設計段階で織り込む。
データ処理と通信
A/D変換後は移動平均やロバスト回帰でノイズを抑え、カーブフィットで終局温度を推定する。検温判定(安定検出)は傾きや分散のしきい値で実装するのが一般的である。履歴管理や遠隔記録のため、Bluetooth(BLE)やNFCによるスマートフォン連携が実装されることが多く、時刻同期、端末間差、個人情報保護の設計配慮が必要である。
使用上の留意点
- 測定前は安静にし、激しい運動や入浴直後は避ける。
- 接触式では同一部位・同一手順を守り、プローブをしっかり密着させる。
- 耳式は耳道を軽く後上方へ引いて直視性を確保し、密閉を保つ。
- 非接触式は指定距離・角度を守り、前髪や汗を除去してから測る。
- 環境風や強い直射光、空調吹き出しを避ける。
- 表示値の異常やドリフトを感じたら早期に校正・点検を行う。
故障モードとメンテナンス
典型的な不具合はセンサドリフト、電池電圧低下、落下衝撃による断線、光学窓の汚れ・曇りである。日常はレンズ・プローブの清拭、保管時の温湿度管理、定期的な動作確認を行う。院内・事業所では校正記録の管理と代替機の確保により、運用の連続性と測定信頼性を担保できる。