今様|平安時代に流行した革新的な歌謡曲

今様

今様(いまよう)とは、平安時代中期から鎌倉時代にかけて流行した日本の歌謡形式の一つである。「今を盛りとする風流な歌」という意味を持ち、当時の「現代風」なスタイルを指す呼称であった。基本的には七五調を四句並べる形式(七五・七五・七五・七五)を標準とし、民間の歌謡が貴族社会へと浸透する形で発展を遂げた。今様は、宗教的な法文から恋愛、自然の風景、日常生活の機微に至るまで幅広い主題を扱い、当時の人々の精神世界や風俗を鮮明に反映している。特に後白河法皇がその熱狂的な愛好家として知られ、編纂された『梁塵秘抄』によって、その詞章の多くが現代に伝えられている。

成立の背景と時代の変遷

今様は、平安時代においてそれまで主流であった雅楽の「催馬楽」や「風俗歌」といった古い歌謡に代わり、新興の流行歌として台頭した。もともとは民衆の間で歌われていた歌や、仏教の教えを分かりやすく説くための「和讃」などが原型とされている。10世紀後半から11世紀にかけて、遊女(あそび)や傀儡子(くぐつ)といった芸能の徒によって洗練され、次第に貴族階級の宴席や法会でも盛んに歌われるようになった。平安末期には身分を問わず社会全体を席巻する空前のブームを巻き起こし、文化史における重要な転換点となった。この時期の歌謡は、形式に縛られない自由な感情表現が許容された点が特徴である。

形式と音楽的特徴

今様の標準的な形式は、七五調を4回繰り返す「四句体」である。しかし、必ずしも厳格な形式に限定されず、二句体や、八五調が混じる変則的な形式も存在した。音楽的には、旋律やリズムに強い即興性があったと考えられており、手拍子や扇を叩いて拍子を取りながら歌われた。当時の今様の音楽的旋律そのものは楽譜として完全な形で残っていないが、仏教音楽である声明の影響を強く受けていたことが推測される。歌詞の構成においても、比喩や象徴を多用する和歌とは異なり、直接的な感情吐露や口語的な表現が含まれることが多く、庶民のエネルギーを内包した力強い文体が見られる。

『梁塵秘抄』と後白河法皇

今様の歴史を語る上で欠かせないのが、平安末期の治天の君である後白河法皇の存在である。法皇は今様に異常なまでの情熱を注ぎ、名手として知られた遊女の乙前から教えを受けるなど、昼夜を問わず喉を潰すまで歌い続けたという逸話が残っている。その集大成として編纂されたのが『梁塵秘抄』である。この書物には、法皇が収集した膨大な数の今様の歌詞(詞章)と、その歴史や歌い方に関する口伝が収められている。もしこの書が編纂されていなければ、口承文芸であった今様の多くは散逸し、後世に伝わることはなかったと言っても過言ではない。本書は当時の庶民信仰や社会情勢を知るための貴重な一級史料となっている。

演者たちの役割と「白拍子」

今様の普及と発展には、専業の女性芸能者たちの貢献が極めて大きい。特に、男装して刀を差し、舞いながら歌う白拍子は、今様を芸術的な高みへと引き上げた。彼女たちは都の貴族や武士の寵愛を受け、文化の伝播者としての役割を果たした。また、江口や神崎といった交通の要衝に拠点を置いた「あそび」たちも、旅人を通じて地方へと今様を広める一助となった。これらの演者たちは、単なる娯楽としての歌にとどまらず、神仏への奉納としての側面も持つ今様を体現しており、その聖俗併せ持った存在感が今様独自の魅力を形成していた。

今様の種類と分類

  • 法文歌:仏教の経典や教理を七五調で分かりやすく説いたもの。
  • 神社歌:特定の神社の神徳を称えたり、参拝の様子を歌ったもの。
  • 雑歌:恋、四季の風景、生活の苦楽、動植物など多岐にわたる主題。
  • 四句神歌:神前で奉納される際に用いられる特定の形式。

文化史における意義と後世への影響

今様は、中世文学の夜明けを告げる先駆的な役割を果たした。平安時代の貴族文化が洗練の極致に達し、閉塞感を強めていた中で、今様が持っていた生の活力と自由な表現は、後の連歌や歌謡、そして近世の地唄や浄瑠璃にまで多大な影響を及ぼした。特に七五調というリズムを日本人の定型として定着させた功績は大きく、近代以降の唱歌や詩においてもその構造は生き続けている。また、宗教歌謡としての今様は、民衆への仏教布教の手段として効果的に機能し、鎌倉新仏教の普及を助ける精神的な土壌を形成した側面も無視できない。

主要な歌謡形式との比較

形式 主な構造 流行時期 主な担い手
和歌 五七五七七 古代〜現代 貴族・廷臣
催馬楽 民謡を雅楽化 平安前期〜中期 貴族
今様 七五×四句 平安後期〜鎌倉 遊女・白拍子・法皇
和讃 七五調の仏徳歌 平安中期〜 僧侶・民衆

現代における継承

鎌倉時代以降、より新しい芸能である猿楽や能の台頭により、流行歌としての今様は衰退した。しかし、その一部は寺院の伝統行事や特定の地域に伝わる民俗芸能の中に形を変えて生き残った。現在でも、福岡の「筑紫舞」や各地の神社で行われる神事において、今様の形式を留める歌舞が奉納されることがある。また、現代の音楽家が『梁塵秘抄』の詞章に新たな旋律を付けて再現を試みる活動も行われており、日本人の魂に刻まれたリズムとしての再評価が進んでいる。歴史の波に埋もれかけた「かつての現代風」は、今もなお独自の光を放ち続けている。