二酸化窒素
二酸化窒素は化学式NO2で表される褐色の刺激性気体である。窒素酸化物(NOx)の主要成分として都市大気に広く存在し、光化学スモッグや酸性雨、二次粒子(硝酸塩エアロゾル)の生成に深く関与する。常温ではラジカル性をもつ屈曲構造の分子として存在し、低温では無色の四酸化二窒素(N2O4)へと可逆的に二量化する特性を示す。強い酸化力と水との反応性を持ち、湿潤環境下で硝酸を生じやすいため、健康影響・材料腐食の両面で注意が必要である。
生成と主な反応
NO2は主として燃焼過程で生じる一酸化窒素(NO)の酸化により生成する。大気中ではオゾン(O3)や過酸化ラジカルとの反応により迅速にNOからNO2が形成され、昼間は太陽光による光化学反応に組み込まれてオキシダントや硝酸の前駆体となる。二量化平衡(2 NO2 ⇄ N2O4)は発熱的で、低温・高圧ほどN2O4側に偏る。NO2はヒドロキシルラジカル(OH)と反応して硝酸(HNO3)を与え、湿潤粒子や地表での沈着を通じて窒素循環に関与する。工業的にはアンモニア酸化(オストワルト法)においてNO→NO2→硝酸という経路で利用される。
- 代表反応の例:NO + O3 → NO2 + O2、2 NO2 ⇄ N2O4、NO2 + OH → HNO3
- 燃焼源:発電設備、ボイラ、内燃機関(ディーゼル・ガソリン)など
物性と構造
NO2分子はV字形の屈曲構造をとり、奇数電子を有するため常磁性である。可視域に吸収を持つため褐色に見え、濃度上昇や低温化によりN2O4が増えると色調は薄くなる。空気より重く、弱い水溶性を示すが、水中で加水分解して硝酸と亜硝酸を生じるため実効的には溶解後に酸性を与える。N2O4は無色・常温付近で気体~液体として存在し、NO2と可逆平衡をなす。
- 磁性:NO2は常磁性、N2O4は反磁性
- 分光特性:可視吸収により褐色、紫外領域の吸収はリモートセンシングにも利用される
健康影響と安全対策
NO2は強い気道刺激性を持ち、咳、胸部圧迫感、呼吸困難などを引き起こす。高濃度短時間曝露では遅発性の肺水腫を生じうる点が特徴である。慢性的曝露は気道炎症や肺機能低下と関連し、ぜん息の悪化因子となる。取り扱いに際しては局所排気、漏洩検知、耐酸手袋・保護眼鏡の着用が不可欠であり、腐食性酸を生じるため設備材料の耐食設計も重要である。
- 主な曝露経路:吸入(最重要)
- 急性影響:強い刺激、遅発性肺水腫のリスク
- 慢性影響:呼吸器疾患の増悪、感受性集団への影響
- 対策:換気・閉囲、検知警報、PPE、酸性腐食対策
大気化学と環境影響
都市大気では、NO/NO2/O3の相互変換が日内で繰り返され、日中におけるNO2の光分解は光化学スモッグの起点となる。夜間にはNO2からNO3ラジカル、さらにN2O5が形成され、エアロゾル表面での加水分解を経て硝酸塩粒子(PM2.5の一部)へ転化する。NO2は視程障害や生態系への酸性沈着の原因となり、都市計画・交通政策・燃焼最適化や脱硝装置(SCR、SNCR)など総合的対策の評価指標としてモニタリングされる。
- 二次生成:硝酸塩エアロゾル(アンモニウム硝酸)形成
- 気象依存性:放射・気温・安定度により日内・季節変動が顕著
測定・分析手法
規制監視や工場排ガス管理では、化学発光法(CLD)が基準的に用いられる。これはO3との反応発光でNOを検出する方式で、NO2は光分解または触媒還元でNOへ変換して間接定量する。研究・遠隔観測ではDOAS(差分吸収分光)やMAX-DOASが用いられ、環境計測や屋内空気のスクリーニングには電気化学式・NDIR式の直読センサや受動サンプラ、比色法(グリース・ザルツマン法)が利用される。
- 連続測定:CLD+コンバータ、NDIR、電気化学式
- 光学的観測:DOAS、衛星リモートセンシング
- 実験室法:比色定量、吸収液捕集
工業的役割と応用
NO2は強力な酸化剤・ニトロ化剤として有機合成や金属表面処理に応用される。液化N2O4/NO2系はニトロニウム種を発生し芳香族のニトロ化を進行させる手段として知られるほか、オストワルト法における硝酸製造の中間体として大量に扱われる。取扱いは厳格な密閉と材料選定、リーク検知、緊急遮断を前提とし、吸収塔によるスクラビングで硝酸として回収・無害化する運転設計が採られる。
関連する化学種と用語
一酸化窒素(NO)、四酸化二窒素(N2O4)、硝酸(HNO3)、亜硝酸(HNO2)、硝酸塩(NO3-)、窒素酸化物(NOx)、ヒドロキシルラジカル(OH)、過酸化ラジカル(RO2)などがNO2の化学に密接に関わる。燃焼、触媒、光化学、エアロゾル科学といった領域横断の基礎概念を理解することが、発生抑制、排出管理、曝露低減に有効である。