モスコビウム(Mc)|原子番号115第15族の超重元素

モスコビウム(Mc)

モスコビウム(Mc)は原子番号115の人工元素であり、第15族(pnictogens)に属する超重元素である。周期表では第7周期pブロック最末端近傍に位置し、理論上の電子配置は[Rn]5f14 6d10 7s2 7p3(強いスピン–軌道相互作用により7p1/2と7p3/2に分裂)とされる。2003年にロシアのDubna(JINR)と米国LLNLの共同実験で初めて合成が報告され、2016年にIUPACが名称を正式決定した。既知の同位体は極めて短寿命で、量子殻模型が予測する“island of stability”の周縁に位置し、α崩壊を繰り返してニホニウム同位体へと連なる崩壊系列が観測されている。化学実験は単原子レベルでも未確立で、物性・化学性は主として相対論効果を取り込んだ理論計算に依拠する。産業利用はなく、学術的関心は核構造・相対論的化学・周期傾向の拡張検証に集中している。

周期表における位置づけ

モスコビウム(Mc)は、窒素族の最重元素としてアンチモンやビスマスの下位に位置する。第7周期pブロック最末端域では相対論効果が卓越し、7s2および7p1/2電子が強く安定化するため“慣性対(inert pair)”的挙動が強まる。その結果、名目上は+5や+3の酸化数が族類似から期待される一方、実効価電子は7p3/2の1個に近く、+1酸化数が熱力学的に優勢になるとの理論予測が主流である。これはビスマスで+3が一般的であることをさらに推し進めた像と捉えられる。

相対論効果と価電子の有効数

モスコビウム(Mc)では、光速比での内殻電子運動に起因する質量増加とスピン–軌道相互作用が大きく、7p1/2準位が7p3/2より顕著に低下する。7s2 7p1/22が“閉じた殻”に近い性格を帯びるため化学結合に不活性化し、残る7p3/2の1電子が結合を担うという描像が得られる。この特徴は隣接元素群(Fl, Lvなど)と同様に周期表終盤の特異性を形成する。

合成と発見史

モスコビウム(Mc)は重イオン核融合によって合成される。初合成は2003年、JINR(Dubna)とLLNLの共同チームが報告した。標的の放射性アメリシウム(243Am)にカルシウムの安定同位体(48Ca)を照射するルートが代表的で、生成核は反跳分離器で選別され、連続α崩壊の時刻相関により同定される。2013年以降の追試・系列解析を経て命名が承認され、地域名“Moscow Oblast”に因む名称が与えられた。

代表的生成反応

  • 243Am(48Ca, xn)291−xMc:中性子放出数xにより289–291付近の同位体が得られる。
  • 生成断面積は極小(nbオーダー)で、観測事象は稀少かつ統計的解析が必須である。

同位体と崩壊系列

モスコビウム(Mc)の既知同位体は概して半減期が0.1〜1 s前後と短く、主にα崩壊を経てZ=113のニホニウム同位体へ連なる。その後、さらにα崩壊や自発核分裂(SF)で系列は途絶する。質量数が中性子魔法数N=184に近づくほど安定化の可能性が示唆されるが、現在の生成ルートでは到達が難しく、核データは未だ疎である。

検出・同定の手法

反跳分離器で生成核を搬送し、Si検出器で位置・時刻相関を取る。母核α崩壊→娘核α崩壊の連鎖が同一ピクセル内の時間窓で観測されることで、背景事象からの弁別が可能になる。崩壊エネルギー(Qα)と半減期の系統性は核構造モデルの検証指標となる。

化学的性質の理論予測

モスコビウム(Mc)は金属的性質を示すと予測され、価数は+1が主、+3が従、+5は相対論効果により不安定と見なされる傾向が強い。単原子気相クロマトグラフィーなどの超微量化学実験は技術的困難が大きく、現時点では理論化学に基づく推定が中心である。ハロゲン化物はMcCl(+1)、McCl3(+3)、McF5(+5想定だが不安定)などが候補に挙がるが、加水分解や配位数の低下、共有結合性の増加など、従来の族類似からの乖離が指摘されている。

結合性・配位化学の見込み

7p3/2由来の1電子に支配された結合は方向性が弱い可能性があり、低配位・低酸化数錯体が選好されるとの計算がある。親電子性(softness)の増大も示唆され、重ハロゲンや軟らかい配位子との相互作用が強まる予測がある。

物理的性質の推定

モスコビウム(Mc)のバルク物性は未測定である。結晶構造は緻密充填金属に近いと予想され、密度はビスマスを上回る高密度金属域に入る計算例が多い。融点・沸点はフレロビウムほど低くはないが、同周期pブロックとしては比較的低い可能性がある。表面吸着エネルギーや昇華エンタルピーは、相対論的弱結合化により低下する傾向が理論的に指摘されている。

命名・記号と語源

モスコビウム(Mc)の名称は、JINRが位置するMoscow Oblastへの献名である。元素記号は“Mc”、英語名“Moscovium”で、2016年にIUPACが正式承認した。同時期にNh(ニホニウム)、Ts(テネシン)、Og(オガネソン)も承認され、超重元素列の命名が一段落した。

安全性・取扱いと用途

モスコビウム(Mc)は極度に短寿命で、生成量は原子〜数原子規模に限られる。放射線安全上は加速器施設内の厳格な管理下で取り扱われ、一般的な流通や応用は想定されない。化学実験が行われる場合も、オンライン分離・即時検出といった特殊手法が不可欠である。

学術的意義

モスコビウム(Mc)研究は、核子数が極端に大きい領域でのシェル効果の実在性や、相対論効果が化学をどこまで変容させるかという根源的問題に直結する。周期表の拡張により、族類似の破れ・回復の条件が明らかになり、重元素理論の検証・改良が進む。生成反応の最適化、分離計測技術の高度化、第一原理計算の高精度化が相補的に前進することで、この元素の実像に段階的に近づくことが期待される。