メスティーソ|ラテンアメリカの混血民

メスティーソ

メスティーソとは、主にスペイン帝国の植民地支配のもとで形成された、ヨーロッパ系住民と先住民の混血の人々を指す呼称である。とくにラテンアメリカ世界では、スペイン人とアメリカ先住民(インディオ)の間に生まれた人々を意味し、植民地社会に特有の身分秩序や人種分類の中で重要な位置を占めた。のちには、単なる血統上の混血をこえて、多様な文化的背景をもつ人々の総称としても用いられるようになり、現在では国家や地域のアイデンティティと結びついた概念として理解されている。

語源と定義

メスティーソという語は、スペイン語の「mestizo」に由来し、「混ざり合ったもの」「雑種」を意味する。植民地期のスペイン語圏では、スペイン人と先住民の子を指す比較的限定された用語として用いられ、その血統的特徴によって他の集団と区別された。ここでいう先住民には、メキシコやアンデス地域のインディオが含まれ、ヨーロッパ系との通婚や非公式な関係の増加によってメスティーソ人口が拡大していった。

植民地社会における位置づけ

スペイン帝国の支配下に置かれたラテンアメリカ社会では、白人のスペイン人、アメリカ先住民、アフリカ系奴隷とその子孫が複雑に混ざり合い、その中間に位置するメスティーソは独自の社会的地位を与えられた。彼らはしばしば農民や都市の職人、小規模商人として生計を立て、ときに軍人や下級官吏としても活動したが、純血のスペイン人(ペニンスラール)やその子孫であるクリオーリョに比べると、政治的・経済的特権からは排除されがちであった。

カースト制度と身分秩序

植民地期のスペイン領アメリカでは、「カースタ(カースト)制度」と呼ばれる細かな人種分類が行われ、白人、インディオ、アフリカ系、その混血に至るまで多くの呼称が用意された。その中でメスティーソは、白人とインディオの混血として比較的高い位置づけを得たが、完全な社会的平等が与えられたわけではなかった。しばしば教会や役所の記録には、インディオ、ムラート、サンボなど他の分類とともに記載され、婚姻や職業選択にも影響を及ぼした。

地域ごとの特徴

メスティーソの位置づけは、地域によって大きく異なった。メキシコやペルーのように先住民人口が多い地域では、インディオの共同体とスペイン人社会の中間で仲介的役割を果たし、農村部や小都市に広く分布した。一方、アルゼンチンやチリなど南部の地域では、ヨーロッパ移民の増加と先住民征服の進行にともない、19世紀以降、社会全体が「混血的」性格を帯び、メスティーソはより一般的な住民像と重なるようになっていった。

独立運動とメスティーソ

19世紀初頭のラテンアメリカ独立運動では、シモン・ボリバルやサン=マルティンらラテンアメリカ独立戦争の指導者たちが、メスティーソやインディオ、大衆層の支持を獲得することを重視した。独立運動の宣伝や憲法草案のなかでは、人種にかかわらない平等が掲げられたものの、実際の政治権力は多くの場合、依然としてクリオーリョエリートの手に残り、メスティーソの社会的地位が急激に向上したわけではなかった。

近代国家形成とメスティーソ文化

19世紀後半から20世紀にかけて、メキシコやペルーなど多くのラテンアメリカ諸国では、国民国家の形成とともに、自国文化の象徴としてメスティーソが積極的に評価されるようになった。メキシコ革命後のメキシコでは、「メスティソ国家」の理念が掲げられ、先住民文化とスペイン文化の融合が国民的アイデンティティの中核として称揚された。このようにメスティーソは、単なる人種分類をこえて、文学、美術、音楽など文化表現の重要なモチーフとなっていく。

現代のアイデンティティとしてのメスティーソ

現代では、メスティーソという語は、もはや厳密な人種分類というより、多元的な出自と文化をもつ人々の自己認識を表す言葉として用いられることが多い。ラテンアメリカ諸国では、先住民、ヨーロッパ系、アフリカ系、アジア系などの要素が交錯する社会を説明するキーワードとなり、歴史的には差別や格差を伴った身分概念でありながら、同時に混淆と多様性を肯定する象徴的な用語としても再解釈されている。

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