マレット
マレットは、対象物に打撃力を与えつつ表面損傷や塑性変形を最小化するために設計された打撃工具である。金属製のハンマーに比べ、ヘッドの材質が木、ゴム、プラスチック、ローハイドなどの比較的柔らかい材料で構成され、接触時間を長くして衝撃ピークを抑制する点に特徴がある。木工の継手調整、板金の当て作業、機械組立の位置合わせ、タイル・石材の据え付けなど、形状精度と表面品質を両立したい工程でマレットは有効である。
構造と材料
マレットの基本構造は、打撃面(フェース)を持つヘッドと柄(ハンドル)からなる。ヘッド材は木(ブナ、カエデ等)、ゴム(NR、EPDM等)、プラスチック(PE、PU、ナイロン等)、ローハイド(原皮)などが用いられる。金属芯やウェイトを内部に持ち、外周に交換式フェースを装着する複合構造のマレットも多い。柄は木製(ヒッコリー等)やFRP、鋼パイプに樹脂被覆を施したものがあり、振動減衰と握りやすさが求められる。
作用原理
マレットは衝撃力の時間波形を「高ピーク・短時間」から「低ピーク・やや長時間」へと変換する。これは接触時間の延長と復元係数の低下(反発の抑制)による。例えばショット(鋼球や砂)を内蔵したデッドブロー型のマレットは、衝突後に内部質量が遅れて移動して反発運動を相殺し、跳ね返りを減らすことで位置決め精度を高める。結果として被加工物に残る打痕が小さく、曲げ・打ち延ばし・かしめ作業の品質が安定する。
種類
- 木製マレット(木槌):鑿打ちや継手の締めに適し、衝撃が柔らかく音も比較的静かである。
- ゴムマレット(ゴムハンマー):床材・タイルの敷設、樹脂・薄板の当てに用い、弾性により衝撃ピークを抑える。
- プラスチックマレット:ナイロンやPEのフェースで耐摩耗性と清浄性に優れ、機械組立で汎用的である。
- ローハイドマレット:宝飾・板金の成形で用い、金属面の艶・組織を損ねにくい。
- デッドブローマレット:内部ショットで反発を低減し、一撃での位置合わせに向く。
用途
マレットは、木工のほぞ組み、家具の組立、型合わせ、板金の曲げ・絞りの補助、機械ベースの芯出し、キー溝部品の軽微な位置調整、石材・タイルの面出しなどに広く用いられる。特に外観部品や薄板では、金属ハンマーによる局所的な塑性変形や打痕を避ける目的でマレットが選定される。ベアリングの圧入のように荷重点管理が必要な工程では、専用治具と併用し無理な打撃を避けることが肝要である。
選定指標
- 質量とフェース径:必要な運動量と接触圧分布を左右し、作業対象の剛性に合わせて選ぶ。
- 硬さ:ゴムはShore A、エンジニアリングプラスチックはShore D等で把握し、表面損傷許容度に応じて決定する。
- 材質適合性:油・溶剤・温度環境で劣化しにくい材を選ぶ。食品・医療では低発塵・洗浄性も重要。
- 反発特性:跳ね返りを嫌う位置決め作業ではデッドブロー型のマレットが有利である。
- 交換性:フェース交換式はトータルコスト低減と一貫品質に寄与する。
- 人間工学:握り径、グリップ摩擦、重量バランスが作業精度と疲労に直結する。
製造と品質
木製マレットは木取り・乾燥・旋盤加工・楔止めにより作られ、繊維方向の管理で強度を確保する。ゴム・樹脂系は加硫や射出成形で一体化し、金属芯との結合部に抜け止め形状や接着を併用する。品質管理では硬さ、質量誤差、フェース平面度、柄との結合強度、反発試験(跳ね返り高さ)などを確認し、ロット間再現性を担保することが望ましい。
安全と人間工学
マレット使用時は、飛散物対策として保護メガネを着用し、斜め打ちを避けて軸線上で打撃する。柄の割れ・ヘッドの欠けは早期に交換し、油分でグリップが滑る状態は避ける。振動・騒音を抑えたい現場では、減衰性の高いヘッドや防振グリップを持つマレットが有効である。
保守・管理
ゴム・樹脂フェースは摩耗や切り欠きが発生しやすく、打痕が成長すると逆に対象を傷つけるため定期交換する。木製マレットは湿度変化で割れが進展し得るので、直射日光・高温を避け、吸水後は十分乾燥させる。工具台帳で使用時間と交換履歴を管理すると、工程能力の安定につながる。
よくある誤用
硬化処理されたエッジ部に対し、柔らかいマレットで過大な打撃を加えるとフェースが急速に損耗する。鑿・タガネの角度が不適切なまま強打すると刃こぼれや跳ね返りを招く。また、ひびの入ったマレットを継続使用することは破断・飛散の危険が高く厳禁である。
同義語・関連工具との区別
マレットは「木槌」「ゴムハンマー」「プラスチックハンマー」を含む広義の非金属打撃工具群であり、鋼製の片手ハンマーや両口ハンマー、スレッジハンマーとは用途も打撃特性も異なる。位置決めや仕上げにはマレット、切断・破砕・鍛造のような高エネルギー作業には金属ハンマーという棲み分けが基本である。