マクスウェル方程式
マクスウェル方程式は、電場と磁場の時間・空間変化を統一的に記述する四つの偏微分方程式である。微分形では、ガウスの法則(電荷が電場の源)、ガウスの法則(磁束密度の発散ゼロ)、ファラデーの電磁誘導の法則、アンペール・マクスウェルの法則(変位電流項を含む)から成る。媒質の構成式と連立することで電磁現象を完結に表現でき、電磁波の存在や光の波動性、回路・アンテナ・光学・通信・計測など工学全般の基礎を与える。
微分形と積分形
微分形は次の4式である。電場E、磁束密度B、電束密度D、磁場H、自由電荷密度ρ、電流密度J、ナブラ∇、時間tを用いる。①電気のガウスの法則:∇・D=ρ。②磁気のガウスの法則:∇・B=0。③ファラデーの法則:∇×E=−∂B/∂t。④アンペール・マクスウェルの法則:∇×H=J+∂D/∂t。積分形では、任意閉曲面に対し∮D・dS=Q_enclosed、任意閉曲線に対し∮E・dl=−d/dt∫B・dS、∮H・dl=I_conduction+d/dt∫D・dS、そして∮B・dS=0と表される。積分形は計測量や回路・境界条件の設定に有用である。
媒質と構成式
媒質中では構成式D=εE、B=μH、J=σEを用いる。ここでεは誘電率、μは透磁率、σは導電率である。線形・等方・無分散の単純媒質なら定数で扱えるが、実材料では周波数依存(分散)、異方性、非線形性が現れる。時間領域解析では分極遅延を畳み込みで表すことがあり、周波数領域では複素誘電率ε(ω)や複素透磁率μ(ω)が減衰と位相遅れを与える。
変位電流と連続の式
アンペール法則にマクスウェルが導入した∂D/∂tは変位電流と呼ばれ、コンデンサ内部の電荷流を整合させる役割を持つ。四式を組み合わせると電荷保存を示す連続の式∂ρ/∂t+∇・J=0が導かれる。これは任意の体積で電荷が消失せず、流入出でのみ変化することを保証する。
電磁波方程式の導出
無損失・源なし(ρ=0、J=0)の一様媒質で、構成式を代入し両辺に回転を作用させると、EとHそれぞれについての波動方程式∇²E−με∂²E/∂t²=0、∇²H−με∂²H/∂t²=0を得る。位相速度はv=1/√(με)であり、真空ではc=1/√(μ₀ε₀)となる。したがってマクスウェル方程式は光が電磁波であることを含意し、光学と電磁気学を統合する。
境界条件
微小なガウス面とアンペールループを境界に跨らせると、法線成分と接線成分の連続条件が得られる。すなわち、Dの法線成分差は表面電荷密度に等しく、Bの法線成分は連続、Eの接線成分差は表面起電力(時間変化磁束に起因)に等しく、Hの接線成分差は表面電流密度に等しい。これにより誘電体界面、導体表面、導波管壁などの電場・磁場分布が決定される。
ポテンシャル表示とゲージ
B=∇×A、E=−∇φ−∂A/∂tと置くと、二つのベクトル・スカラーポテンシャルで場が表現できる。ゲージ自由度によりローレンツ・ゲージ(∇・A+με∂φ/∂t=0)やクーロン・ゲージ(∇・A=0)を選択でき、数値計算や解析で便利である。ローレンツ・ゲージではAとφが同形式の波動方程式に従い、相対論的整合性が明瞭になる。
周波数領域(フェーザ)表現
正弦定常では物理量を複素フェーザで表し、時間微分はjω倍に置換される。すると∇×E=−jωB、∇×H=J+jωDとなり、伝搬定数γ=√(jωμ(jωε+σ))、特性インピーダンスη=√((jωμ)/(jωε+σ))が導かれる。これらは伝送線路、導波管、アンテナ、電磁両立性(EMC)の設計指標となる。
導体と表皮効果
高導電率媒質では電磁波は表面近傍に限られて浸透し、深さδ=√(2/(ωμσ))で指数減衰する(表皮効果)。高周波配線やシールド、モータ固定子・変圧器鉄心では損失低減のための撚線や積層、メッキ、周波数選択が重要となる。境界条件と併せて電流分布・損失・発熱の評価が行われる。
数値解析と測定
工学実務ではFDTD、FEM、MoMなどの数値法が広く用いられる。FDTDは時間領域で格子上にEとHを交互に配置して時間発展させ、広帯域解析に適す。FEMは弱形式化により複雑形状・異方性に強い。測定面ではベクトルネットワークアナライザによるSパラメータ、近傍界スキャン、電磁界プローブ、光学では干渉・偏光測定が典型である。
保存則とエネルギー流
マクスウェル方程式からポインティングの定理が導かれ、エネルギー密度u=(E・D+B・H)/2とエネルギー流S=E×Hが定義される。体積内のエネルギー変化は表面を通過するSのフラックスとジュール損失(E・J)で収支する。これによりアンテナ利得、放射効率、共振器Q値、誘電損・磁性損の評価が体系化される。
相対論と共変形式
四元電磁場テンソルF_{μν}を用いると、マクスウェル方程式は∂_{[λ}F_{μν]}=0と∂^{μ}F_{μν}=μ₀J_{ν}の二式に統合される。これはローレンツ変換下での不変性を明示し、電場・磁場が観測系に依存して混合することを示す。高エネルギー加速器やプラズマ物理では不可欠の視点である。
理想化と実在系の差
基礎式は連続体近似・線形性・均質性を前提に記述されるが、実在材料の分散・損失・非線形・粗視化スケールの効果はモデル化が必要である。ナノスケールや強電界下では境界条件や構成式の拡張(表面導電、非局所応答、Kerr効果など)を検討する。
工学への波及
- アンテナ・無線通信:放射条件、指向性、インピーダンス整合
- 波動導波路・フォトニクス:モード解析、分散制御、バンドギャップ
- 電力機器・EMC:漏洩磁束低減、遮蔽、接地、ノイズ伝搬抑制
- センシング:レーダ、誘電・磁性測定、近接場計測
記号と次元の要約
主な物理量はE[V/m]、D[C/m²]、H[A/m]、B[T]、J[A/m²]、ρ[C/m³]である。真空定数はε₀≈8.854×10⁻¹² F/m、μ₀=4π×10⁻⁷ H/mで、光速cは(μ₀ε₀)⁻¹/²で与えられる。単位整合は数値計算・実験の初歩的だが重要な検算点である。