ポルトガル
ポルトガルはイベリア半島西端に位置する国家であり、大西洋に開かれた港湾都市リスボンを拠点として、15世紀以降の大航海時代における先駆的な海洋帝国として知られる。中世にはキリスト教世界とイスラーム世界の境界に立ち、レコンキスタを通じて王国として自立し、やがてアフリカ・アジア・アメリカへと広がる海上帝国を築き、ヨーロッパ世界の拡大を主導した。
地理と民族・言語
ポルトガルは北・東をスペインと接し、西・南は大西洋に面する細長い国土をもつ。テージョ川河口に位置するリスボンは古くから海上交通の要地であり、太平洋とインド洋を結ぶ航路形成以前から大西洋交易の拠点であった。住民の多くはヨーロッパ系のポルトガル人で、使用言語はラテン系のポルトガル語である。カトリックが社会と文化を規定し、教会・修道院・聖人崇敬などが日常生活に深く浸透してきた。
中世の成立とレコンキスタ
古代にはローマ帝国の属州として都市と道路網が整備され、その後ゲルマン系諸王国を経て、8世紀以降はイスラーム勢力による支配が及んだ。キリスト教勢力によるレコンキスタの進展の中でカスティリャ王国の辺境伯領としてポルトガル伯が成立し、12世紀には王国としての独立が承認される。中世末には封建貴族と王権の均衡のもと、騎士・聖職者・都市市民が重層的に存在する社会が形成され、やがて近世ヨーロッパの成立の一端を担う中央集権的王権へと移行していった。
大航海時代と遠洋航海術
15世紀のエンリケ航海王子のもとでポルトガル王国はアフリカ西岸探検を推進し、喜望峰回航とインド航路の開拓に成功した。改良された羅針盤や天文航法、軽快なカラベル船などの発達は、長距離の航海を可能にする遠洋航海術の発展と結びついていた。ヴァスコ=ダ=ガマらの航海によって、香辛料産地のインド洋世界への直接進出が実現し、リスボンは香辛料貿易の中継港として繁栄した。
ポルトガル海上帝国と世界貿易網
- ポルトガルはアフリカ沿岸に砦と商館を築き、金・奴隷貿易を支配して大西洋世界の形成に関与した。
- インドのゴア、東南アジアのマラッカ、中国沿岸のマカオ、東ティモールなどに拠点を設け、インド洋から東アジアに至る香辛料・絹・陶磁器貿易を展開した。
- 16世紀には東アジアで銀と絹を結ぶ交易に参加し、スペイン領アメリカから流入したメキシコ銀とも結びつく世界的な流通網の一部を構成した。
- 同時期、スペインのガレオン貿易やガレオン船による交易、さらにバタヴィアを拠点とするオランダ東インド会社、ロンドンのイギリス東インド会社などとの競合が激化し、アジアにおけるポルトガルの優位は次第に揺らいでいった。
ブラジルと大西洋世界
ポルトガルの海外領土の中でも、南米のブラジルは砂糖・金・コーヒーなどを産出する重要な植民地となった。アフリカから連行された多くの奴隷労働によってプランテーション経済が支えられ、ヨーロッパ・アフリカ・アメリカを結ぶ環大西洋世界が形成された。この大西洋貿易網の中で、アジアに向かう船舶の一部はジャワ島のバタヴィアなどとも連関し、ポルトガルの海上帝国は多地域を結びつける結節点となった。
近代以降のポルトガル史
17世紀以降、オランダやイギリスなど新興勢力の台頭によりポルトガルのアジア拠点の多くは失われ、海外帝国の重心はブラジルに移った。19世紀にはブラジルの独立や欧州列強間の勢力均衡の中で国力は相対的に低下し、20世紀前半には独裁政権のもとで政治的停滞が続いた。1974年の「カーネーション革命」により民主化が進み、アフリカ植民地の独立を経て、今日では欧州連合の一員として安定した民主国家となり、観光・サービス産業や海洋資源を基盤とする国家へと姿を変えている。