ヨーロッパ世界の拡大|海外進出が変えた近世世界

ヨーロッパ世界の拡大

ヨーロッパ世界の拡大とは、15世紀後半から18世紀にかけて、西ヨーロッパ諸国が海洋航路を開き、アジア・アフリカ・アメリカへと勢力を伸ばし、軍事力と商業活動を通じて世界規模の支配と交流を進めた過程を指す概念である。この過程で、地理的知識は飛躍的に拡大し、香辛料や銀などの交易品が大量に移動し、キリスト教布教や文化交流も進展した一方、征服や奴隷貿易、先住民社会の破壊など暴力的側面も大きな特徴となった。

大航海時代と新航路の開拓

15世紀後半、イベリア半島のポルトガルスペインは、イスラーム勢力が支配する地中海貿易を迂回し、インド洋とアジアへの直接航路を求めて航海を進めた。ポルトガルはアフリカ西岸を南下し、喜望峰を回ってインドへ到達し、アフリカ・インド洋沿岸に拠点を築いた。スペインは西回り航路を模索し、アメリカ大陸に到達して新大陸の征服と植民地化を進めた。この「大航海時代」によって、ヨーロッパ人の活動は大西洋・インド洋・太平洋へと広がり、海洋を舞台とする世界規模の接触が始まった。

アメリカ大陸征服と植民地帝国

スペインはアステカ王国やインカ帝国を征服し、アメリカ大陸に広大な植民地帝国を築いた。征服後にはエンコミエンダ制やプランテーション経営が導入され、先住民やアフリカから連行された奴隷が労働力として酷使された。特にメキシコやボリビアで採掘された銀は、メキシコ銀として大量に産出し、ヨーロッパやアジアに流入して世界経済を動かす重要な基盤となった。アメリカ大陸は、作物や家畜の移動を含む「コロンブス交換」によって、旧大陸と新大陸が生物学的・経済的に結びつく舞台ともなった。

アジア交易と東インド会社

16世紀末から17世紀にかけて、オランダやイギリスなど北西ヨーロッパの新興勢力が、ポルトガル・スペインに代わってアジア交易に参入した。オランダは特許会社であるオランダ東インド会社を設立し、ジャワ島のバタヴィアを拠点に香辛料貿易を支配した。その過程で、イギリス勢力を排除するために起こした事件がアンボイナ事件であり、ヨーロッパ列強の対立がアジアの島々にまで波及したことを示している。イギリスもイギリス東インド会社を通じてインドに進出し、綿織物などの交易を通じて徐々に政治的支配を強めていった。

世界商業ネットワークと銀の流通

ヨーロッパ勢力の拡大は、単純な征服の連鎖ではなく、「海」を媒介とした世界商業ネットワークの形成として理解できる。スペイン領フィリピンでは、メキシコのアカプルコとマニラを結ぶガレオン貿易が行われた。アカプルコから積み出された銀は、太平洋を横断してマニラに運ばれ、中国や日本の商人に販売された。こうしてアメリカ大陸の銀は、ヨーロッパを経由するだけでなくアジアへも直接流入し、東アジアの貨幣経済を活性化させた。ヨーロッパ諸国は、銀や香辛料、織物、砂糖など多様な商品を組み合わせ、地球規模の三角貿易・中継貿易を展開したのである。

ヨーロッパ社会と国際政治への影響

海外からもたらされた貴金属や植民地産品は、ヨーロッパ内部の経済と社会構造にも大きな変化をもたらした。銀の大量流入は物価上昇を引き起こし、「価格革命」と呼ばれる現象を生み、商人資本家や金融業者の台頭を促した。海上貿易で利益を得た港市や商人層は、国家権力に対して発言力を増し、とくにネーデルラント連邦共和国のような共和国的体制の成立にもつながった。また、重商主義政策のもとで国家は植民地獲得競争を繰り広げ、海軍力の増強や関税制度の整備を進めた。このように、ヨーロッパ世界の拡大は、ヨーロッパ諸国の対外進出にとどまらず、世界的な政治対立と経済秩序の再編を伴う長期的過程であった。