バスタブ曲線
バスタブ曲線は、製品や部品の故障率が時間の経過とともにどのように変化するかを模式的に表した信頼性工学の基本モデルである。曲線は浴槽の断面に似た形を示し、初期故障期・偶発故障期・摩耗故障期の3区間で構成される。各区間は設計・製造・運用・保全の意思決定と密接に関連し、品質保証、保証期間設定、予防保全、在庫戦略など多様な実務判断の根拠を与える。
3つの区間と故障メカニズム
初期故障期は製造ばらつきや微小欠陥が顕在化する期間で、故障率は時間とともに減少する。偶発故障期は外乱・作業誤り・ランダムな部品ばらつきが支配し、故障率はほぼ一定である。摩耗故障期は材料劣化、摩耗、腐食、絶縁劣化などにより故障率が増加する。現場では設備の立上げ直後と寿命末期で故障が増え、平常運用時は比較的安定するという経験則と一致する。
ハザード関数と統計モデル
故障率はハザード関数で定義され、時間tにおける瞬間故障の強さを表す。数学的にはワイブル分布が広く用いられ、形状母数βが区間の性質を記述する。β<1で減少ハザード(初期故障期)、β≈1で一定ハザード(偶発故障期、指数分布に近似)、β>1で増加ハザード(摩耗故障期)となる。複合系では各下位要素のハザードが合成され、結果として「浴槽形」に見える場合が多い。
設計・製造段階での対策
- 設計冗長化:クリティカル要素は直列信頼性を弱めるため、並列冗長やフェイルソフト設計で偶発停止を緩和する。
- 初期欠陥低減:DFMEA/DFRにより潜在不具合を設計段階で摘出し、初期故障期の高さを下げる。
- プロセス安定化:SPC、工程能力指数、適切な焼入れ・表面処理などでばらつきを抑える。
- スクリーニング:環境ストレススクリーニング(ESS)で弱品を出荷前に除去し、フィールド初期故障を抑制する。
運用・保全段階での戦略
偶発故障期に対しては状態基準保全(CBM)や予知保全(PdM)が有効であり、センサデータや自己診断で故障の兆候を把握する。摩耗故障期に入る前に経年部品を計画交換し、停止の計画化・部品在庫最適化を進める。保証期間は初期故障期を越えるように設定し、顧客の信頼を確保する。
データ収集と解析の要点
現場データは打切り・途中打切りが混在するため、生存時間解析を用いる。最尤推定でワイブル母数を推定し、確率紙(Weibull plot)や対数尤度比で適合度を検証する。稼働条件の相違は共変量として扱い、ストレス-寿命の関係はアレニウスモデルやEyring式で加速試験から実運用へ外挿する。
MTBFと故障率の関係
平均故障間隔(MTBF)は偶発故障期の代表指標として有効であるが、初期・摩耗期では代表性が低下する。したがってバスタブ曲線全体を意識し、区間別に指標を使い分けることが重要である。設計審査や保証設計では、MTBFとハザードの時間依存性を併記して意思決定する。
機械要素と電気要素の典型例
- 機械要素:軸受は初期馴染み後に安定稼働し、疲労剥離が進むと摩耗期に移行する。潤滑管理・振動監視が有効である。
- 電気要素:半導体は初期に潜在欠陥が顕在化しやすく、平常期はランダム故障、末期に電解コンデンサの容量低下や絶縁劣化が顕在化する。
誤解と限界
バスタブ曲線は万能モデルではない。ソフトウェア支配のシステムでは運用更新により故障率が上下し、単調でないハザードを示すこともある。使用条件の非定常性、整備品質のばらつき、多段階の劣化機構が重なる場合は、単一の曲線での近似が粗くなる。必要に応じて混合分布、競合リスク、マルコフモデルを用いる。
品質保証と経済性評価
初期故障の現場発生は顧客影響が大きく、回収コストも高騰する。出荷前ESSやバーンインはコストを要するが、ライフサイクルコスト(LCC)や顧客満足を考慮すると費用対効果が見合う場合が多い。摩耗期の予防交換は稼働率を高め、在庫・工数・停止損失の総和を最小化する。
ワイブル分布の形状母数βの読み方
βの推定値は劣化機構の示唆を与える。β<1は欠陥起点型、β=1は外乱支配、β>1は累積損傷支配の傾向を示す。部品・環境・負荷別にβを比較し、設計強度やプロセス改善の優先度を配分する。
バーンインとスクリーニングの設計
過剰なストレスは潜在寿命を削るため、加速係数の妥当化と非破壊性の担保が重要である。温度、振動、通電の複合条件を設計し、検出感度とスループットのバランスを取る。
実装手順のひな型
- 区間同定:フィールド故障時系列をハザード推定して区間境界を仮定する。
- モデル化:ワイブル/指数の適合、共変量・ストレスモデルの構築。
- 意思決定:保証、保全、在庫、更新の最適化指針に反映。
- モニタリング:KPIとして故障率、MTBF、可用性を継続監視し、モデルを逐次更新する。
まとめのない実務メモ
現実のアセットは多様なサブシステムの直列・並列合成であり、強い部分と弱い部分のバランスが曲線形状を決める。重要なのはバスタブ曲線を静的な図としてではなく、設計・製造・運用・解析をつなぐ意思決定フレームとして用いる姿勢である。