ハドロン
ハドロンとは、クォークとグルーオンが強い相互作用によって束縛された複合粒子である。バリオン(3クォーク系)とメソン(クォーク・反クォーク系)に大別され、陽子や中性子、パイ中間子などが代表例である。量子色力学(QCD)はハドロンの性質を根底から説明し、色荷の閉じ込めや漸近的自由といった独特の現象を与える。レプトンのような素粒子はハドロンではなく、強い相互作用を担わない点で区別される。
定義と分類
ハドロンは色中性(カラーシングレット)状態をとる複合系である。3つのクォークからなるバリオン(例:陽子p、uud;中性子n、udd)と、クォーク・反クォーク対からなるメソン(例:パイ中間子π、カイ中間子K)が基本族である。バリオン数B、スピンJ、パリティP、フレーバー量子数(S、C、B′、Tなど)で特徴づけられ、電荷や同位回転(アイソスピン)との組み合わせでスペクトルが整理される。
構成と相互作用
ハドロン内部では、クォークが色荷を持ち、グルーオンが媒介する非アーベルゲージ相互作用によって結合する。理論的枠組みはゲージ群SU(3)をもつ量子色力学である。結合定数は高エネルギーでは弱く(漸近的自由)、低エネルギーでは強くなるため、低エネルギー領域でのハドロンの性質は摂動展開が困難となる。
色閉じ込めと漸近的自由
ハドロンは孤立したクォークを観測させない色閉じ込めを示す。高運動量移行ではクォーク・グルーオンがほぼ自由粒子のように振る舞い、ジェットとして検出器で観測される一方、最終的には強い相互作用で多数のメソン・バリオンへとハドロニ化する。
量子数と保存則
ハドロンの崩壊や生成は、電荷、バリオン数、カラー中性、CPなどの保存則に従う。強い相互作用ではフレーバーはほぼ保存され、高次過程や弱い相互作用で変化する。電磁相互作用は電荷・スピン構造に敏感であり、放射遷移や散乱断面の系統性を与える。
質量と内部構造
陽子質量の大部分はクォークの静止質量ではなく、真空の自発的カイラル対称性の破れや結合エネルギーに由来する。ハドロン内部の運動量・スピン分布はパートン分布関数(PDF)や電荷形状因子によって特徴づけられる。これらは深非弾性散乱、弾性散乱、時空間分布(GPD、TMD)の測定から再構成される。
代表例と性質
- 陽子・中性子:原子核を構成するバリオン。磁気モーメントや半径は核子構造の基本指標である。
- パイ中間子・カイ中間子:最軽量のメソン群。強い相互作用の長距離挙動に重要で、核力の有効自由度として現れる。
- 重フレーバーハドロン:チャーム・ボトムを含む系。崩壊寿命やCP違反の精密検証に用いられる。
- エキゾチック候補:テトラクォークやペンタクォークなど、通常のqq̄・qqq以外の多体系が観測報告されている。
実験・観測手法
ハドロン研究は加速器実験と宇宙線観測の両輪で発展してきた。深非弾性散乱は内部のパートン構造を与え、共鳴生成や分光はスペクトル体系を決める。大型加速器LHCでは高運動量でのジェット現象や重フレーバーの生成が精密に追跡され、RHICやLHC重イオンではクォーク・グルーオン・プラズマの生成・流体的性質が探究される。格子QCDはユークリッド時空上の数値計算により、ハドロン質量や崩壊定数を第一原理から求める。
スペクトルと群論的整理
ハドロンスペクトルはフレーバーSU(3)対称性やスピン–軌道相互作用に基づき多重項に分類される。実験で得られた共鳴幅・量子数(J^P)・崩壊モードの整合性は、内部クォーク構成や有効相互作用モデルの検証に資する。
標準模型との関係
ハドロンは標準模型の強い相互作用部門の具現化である。低エネルギーQCDでは有効場の理論やカイラル摂動論が用いられ、核力や核物質の状態方程式にも接続する。高エネルギーでは精密測定がCKM行列やCP違反、さらには新物理探索の外部条件を与える。
関連概念と用語
用語として、色閉じ込め、漸近的自由、ハドロニ化、パートン、形状因子、構成クォーク・海クォーク、グルーオン場、サチュレーション、臨界現象などが挙げられる。これらはハドロンの生成・崩壊・散乱を統一的に理解する鍵である。
工学・計測への波及
ハドロン物理で培われた検出器技術(シンチレータ、TPC、Siトラッカー)やデータ解析は放射線計測、医療画像、材料解析に応用される。ビーム制御や磁場解析は加速器工学と重なり、産業計測でも役立つ知見を提供する。
歴史的背景
湯川秀樹による中間子仮説(1935)を嚆矢として、1960年代にゲルマンらのクォーク模型が整備され、1970年代にQCDが確立した。以後、散乱・分光・格子計算・重イオン実験の総合でハドロン理解は精緻化されてきた。