ナーガールジュナ
インド仏教思想史におけるナーガールジュナ(龍樹、2~3世紀頃)は、空(くう)を核心概念とする中観(Madhyamaka)哲学を大成した思想家である。彼は般若思想を論理的に統合し、あらゆる法に自性(本質的・不変の実体)がないことを徹底して示した。これにより、存在を固定化する見方と虚無への傾斜という両極端を排し、縁起にもとづく中道の理解を明晰にした。龍樹の議論は、古い部派仏教のアビダルマ的実在視を批判的に乗り越え、のちの大乗論書・注釈伝統、さらに東アジアとチベットの思想形成に決定的影響を与えた。
伝承と史実
龍樹の出自については確実な史料が乏しいが、南インド由来の伝承が広く知られ、名の由来をめぐってはナーガ(蛇神)との縁起談も語られる。師資関係では弟子にアーリヤデーヴァ(聖提婆)が伝えられ、彼を通じて中観学派が確立したとされる。活動時期はサータヴァーハナ朝の時代に重なる可能性が高く、王権との交流を示唆する逸話も伝わるが、学術的には慎重に扱われるべきである。
主要著作
真作と疑作の問題はあるが、核となる論書群は次のように整理できる。
- 『中論(Mūlamadhyamakakārikā)』:27章からなる主著。縁起=空を多角的に論証し、諸法の自性否定を展開する。
- 『回諍論(Vigrahavyāvartanī)』:論敵の批判に応答し、中観の論証法の正当性を弁護する。
- 『六十頌如理論(Yuktiṣaṣṭikā)』『七十空性論(Śūnyatāsaptati)』など:中観的思惟の補助線を提供する詩頌論書。
- 『大智度論』:般若経解釈の大部注釈として伝承されるが、全体の龍樹真作性には議論がある。
中観思想の核心――空と縁起
龍樹の空(śūnyatā)は、存在を無に還元する主張ではない。彼は「自性として成立するものはない」ことを示し、諸法は因縁条件に依存して仮に成立する、すなわち縁起であると説く。空は縁起の別名であり、固定化を去るための鑑別概念である。この理解は、形而上学的実体視(断常の偏見)を解体し、修道における執着の根を断つ機能をもつ。
二諦説――世俗と勝義
龍樹は、言語・概念の働く範囲としての世俗諦と、究極の真理としての勝義諦を区別しつつ、それらを対立させない統一的視野を提示した。世俗の秩序を否定するのではなく、日常的因果・倫理・修行の有効性を前提に、その究極的根拠に自性を求めないことを意図する。ゆえに中観は、実践無効の虚無論でも、概念を絶対化する独断論でもない。
論証法――帰謬論証と自立論証
中観の方法は、相手の主張の前提から矛盾を導く帰謬(prasaṅga)を重視する。のちの学派展開では、自立的推理を許容するか否かで解釈差が生まれ、チベット伝統ではプラーサンギカ/スヴァータントリカという区分が確立した。龍樹自身は「概念はあくまで仮設である」という立場から、論証そのものの実体化を避けている点が重要である。
大乗と地域的展開
龍樹は般若思想を理論化し、大乗の菩薩道を思想的に支えた。東アジアでは三論学派をはじめ多くの宗派に資源を提供し、チベットでは正理学・因明との緊張ある対話を通じ高度な思想体系が整備された。シルクロード圏の受容は仏教美術にも及び、ガンダーラやバーミヤン、マトゥラーなどの造形世界と相互に影響しながら、思想・実践・表現の三層で大乗仏教が広がった。
東アジアにおける受容
中国では吉蔵らが龍樹・提婆の論書を中心に三論学を体系化し、日本にも伝来して多くの学僧に読まれた。中観の「空」は菩薩信仰の実践理解に深く関わり、戒・定・慧の統合的修行を支える理論的支柱となった。一方で、部派以来の論蔵伝統との対話は不断に続き、教理は地域文化の中で繊細に再編成された。
誤解されやすい「空」への注意
- 空は「何もない」という断滅論ではない。縁起的成立を照らす智慧である。
- 倫理・因果・修行の世俗秩序を損なわない。むしろ執着を解き、慈悲の実践を開く。
- 言語否定ではない。概念は仮の道具であり、実体視を避けて用いる。
用語と資料
中観(Madhyamaka)、空(śūnyatā)、二諦、縁起、無自性といった基本語は、龍樹研究の要である。原典読解にはサンスクリットや漢訳の比較が不可欠で、パーリ仏典との対照も有益である。仏教思想の長期的展開を理解するには、初期仏教からの流れ――たとえば上座部仏教や部派仏教――および地域的受容、仏教造形としての仏像やガンダーラ美術の文脈を併読すると、龍樹の位置が立体的に見えてくる。