トレーサビリティ|全ライフサイクルを一気通貫で管理

トレーサビリティ

トレーサビリティとは、原材料から最終製品、さらには出荷後の流通・保守まで、モノや情報の来歴と所在を「遡れる(backward)」かつ「追える(forward)」能力である。製造業やプロセス産業では、工程・設備・作業者・時刻・環境条件などの事実をイベントとして記録し、製品系譜(genealogy)に結び付ける。これにより不良やクレーム発生時の原因究明、回収(リコール)の影響最小化、規制遵守(ISO 9001 等)、継続的改善の根拠が得られる。トレーサビリティは品質保証の基盤であり、設計・調達・生産・物流・サービスの全工程に横断して設計すべき仕組みである。

定義と範囲

トレーサビリティの範囲は、①製品単体(シリアル単位)、②ロット(バッチ)単位、③親子関係(部品→サブアセンブリ→最終製品)の三層で構成される。サプライチェーン全体では「one-up one-down(直前・直後の取引先)」の把握が最低限であり、内部ではBOMと実績(as-built)を対応付ける系譜管理が要点である。食品(HACCP)、医薬(GMP)、自動車(IATF 16949)などでは、業界規格が粒度と保存年限を定める。

目的と効果

  • 迅速な不良切り分け:影響範囲の特定により、回収数量・コストを最小化する。
  • 原因究明の加速:工程・条件・材料ロットを突合し、再発防止策を実証的に立案できる。
  • 規制・顧客要求の遵守:監査対応、変更管理、文書化の一貫性が高まる。
  • 継続的改善:データ駆動で歩留まり・サイクルタイム・OEEの改善に寄与する。

基本構造と識別子

識別の設計はトレーサビリティの成否を左右する。粒度(ロットかシリアルか)、命名規則、重複防止、可読性、媒体(印字・ラベル・刻印)を定義し、親子関係(親シリアルに子部品を紐付け)を記録する。再加工・分割・統合のライフサイクルも考慮し、履歴が断絶しない遷移ルールを定めることが重要である。

  • ロットID:連続生産・化学プロセスで有効。影響範囲は広がりやすい。
  • シリアルID:個体追跡が可能。コストは上がるが回収最小化に有利。
  • 親子リンク:部品→製品の系譜。再帰的に辿れるデータ構造を採用する。

記録データとイベントモデル

記録は「いつ・どこで・だれが・なにを・どうした(5W1H)」の事実情報が基本である。典型イベントは受入、仕掛、加工開始・完了、検査合否、在庫移動、出荷、保守・修理である。各イベントに製品ID、設備ID、作業者、条件(温度・湿度・レシピ)、検査値、ロット/シリアルの子集合を紐付ける。EPCISに代表されるイベント指向モデルを参照すると設計が安定する。

  • マスタ:品目、BOM、工程、治工具、取引先、規格値
  • トランザクション:イベント時刻、数量、場所、合否、測定値、文書リンク
  • 系譜:親子関係(部品集合→製品)、派生・再加工の履歴

関連システムと技術

トレーサビリティは現場の自動認識と基幹の情報統合で実現する。媒体はバーコード、QRコード、RFID、DPM(直接刻印)を使い分ける。システムはMES、ERP、WMS、PLMが中心で、スキャナやセンサ(IoT)からのデータをAPI/EDIで連携する。標準ではGS1(GTIN/GLN/SSCC)やEPCglobalを採用すると企業間連携が容易になる。高整合性が求められる領域ではブロックチェーンや監査証跡のハッシュ化も選択肢となる。

設計と導入手順

  1. 現状把握:工程・物流・外注のプロセスマップを描き、ギャップとリスクを洗い出す。
  2. スコープ定義:対象製品、追跡粒度、保存年限、規制・顧客要件を確定する。
  3. 識別設計:ID体系、媒体、貼付位置、読取手順、親子付与のタイミングを決める。
  4. データモデル:イベント項目、系譜構造、照合ルール、改ざん検出を定義する。
  5. システム連携:MES/ERP/WMS/PLMとマスタ同期、リアルタイム/バッチ更新を設計。
  6. 現場実装:治工具・ジグ、ラベル、画面UI、ポカヨケ、教育、標準作業票を整備。
  7. パイロット:限定ラインで性能(読取率・遅延・欠測)と運用負荷を検証する。
  8. 本稼働:段階展開と監査、変更管理、継続改善のKPIを運用に組み込む。

指標と監査

有効性はKPIで定量化する。代表指標は、追跡所要時間(Time To Trace)、読取率、データ完全性・一貫性、カバレッジ(対象工程・部品比率)、遅延(イベント発生から登録まで)、系譜欠落率である。内部監査ではサンプリング追跡試験、系譜の往復整合チェック、改ざん検知、バックアップと復元手順を定期的に点検する。

よくある課題と対策

  • ラベル損傷・読取不良:材質・貼付位置・保護、DPMやRFIDの併用で冗長化。
  • 混載・取り違え:工程設計で単流化、投入・排出のスキャン必須化、ポカヨケ治具。
  • 再加工・分割時の履歴断絶:遷移イベントを必須化し、親子リンクを自動生成。
  • 外注・委託先との断層:GS1等の共通標準、ポータル/EDIでデータ同歩を確保。
  • マスタ不整合:単一の正(single source of truth)を定め、権限・変更履歴を管理。

類似概念との違い

トレーサビリティは来歴の可観測性であり、リアルタイム位置把握(トラッキング)や個体番号付与(シリアライゼーション)と重なるが同一ではない。製品系譜の完全性、イベントの証跡、根拠資料の参照可能性まで含めて設計する点に本質がある。設計図(as-designed)と製造実績(as-built)の対応付けを保つことが品質保証の中核である。

業界別要件の例

自動車はIATF 16949や特殊特性管理に基づき、ロット追跡の迅速性と変更履歴の厳格管理を要求する。食品はHACCPとロット隔離、アレルゲン表示が要点である。医薬はGMPとシリアライゼーション、シップメント検証が中核である。電機・精密ではシリアル系譜と測定トレーサビリティ(計測器の校正系譜)が重視される。いずれも共通する基礎は、適切な識別子、完全なイベント記録、整合した親子リンクで構成されるトレーサビリティ基盤である。