デファレンシャル
デファレンシャル(差動装置)とは、左右または前後の車輪間で回転数の差を許容しつつ駆動トルクを配分する歯車機構である。自動車の旋回時には内外輪で軌跡長が異なるため回転数差が生じ、これを拘束するとタイヤのスリップ、操縦不安定、部品の早期摩耗を招く。デファレンシャルはベベルギヤや遊星歯車を用いて入出力軸の角速度関係を幾何学的に分配し、直進時は左右等速、旋回時は差動を許容しながら平均速度とトルクのバランスを保つ機能を担う。
役割と必要性
- 旋回時の内外輪回転差を吸収し、タイヤの摩耗と操舵抵抗を低減する。
- 舗装・未舗装・雪上など路面μの変化に応じて駆動力を配分し、発進性と登坂性を確保する。
- ファイナルドライブと一体で最終減速比を形成し、エンジンやモータの有効回転域を車輪速度に適合させる。
基本構造
一般的なリヤ駆動車では、プロペラシャフトからピニオンギヤへトルクが入力され、リングギヤを介してキャリア(デフケース)が回転する。ケース内には左右のサイドギヤとピニオン(デフピニオン)からなる差動歯車系があり、直進時はサイドギヤがケースと同角速度で回る。旋回時はピニオンが自転し、左右サイドギヤの角速度を加減して差動を実現する。フロント駆動あるいは四輪駆動では、同等の原理がトランスアクスルやセンターデフにも適用される。
ベベルギヤ式オープンデフ
最も普及する構成で、シンプルかつ低コストである。左右車輪の合力が低い側に回転が流れやすく、片輪空転時に前進不能となる弱点を持つ。
ハイポイドファイナルドライブ
ピニオン軸をオフセットさせるハイポイドギヤを用い、静粛性と強度を両立する。滑り率が高いため極圧性の高いギヤ油(GL-5相当)を要する。
作動原理と角速度関係
差動機構は「左右車輪の角速度の平均=ケース角速度」という関係を満たす。理想オープンデフでは左右トルクはほぼ等しいが、路面μ差が大きいと低μ側が先に空転し、実効牽引力が不足する。これを補う手段として機械式LSDやブレーキ制御式の疑似LSDが用いられる。
種類
差動の自由度を制御する方式により多様なバリエーションがある。用途やコスト、メンテナンス性で選定が分かれる。
オープン型
差動抵抗を設けない標準型で、快適性と燃費に優れる。片輪浮きなどでは駆動力が逃げやすい。
クラッチ式LSD
多板クラッチとカム機構で差動を制限する。プリロードとカム角によりオンセット特性を設計でき、1.5WAYや2WAYなど作動方向の違いを持つ。サーキットやラリーで広く用いられる。
トルセンLSD(ヘリカル)
ヘリカルギヤの自己拘束を利用し、トルクバイアスレシオに応じて高μ側へトルクを多配分する。摩擦板を使わず、応答が滑らかで耐久性に優れる。
ビスカスLSD
シリコンオイルの粘性抵抗で差動を抑制する。熱の影響を受けやすく、連続高負荷には不向きだが、コストと扱いやすさに利点がある。
電子制御デフ/eLSD
油圧アクチュエータでクラッチを制御し、ECUがステア角・ヨーレート・車輪速などから最適にトルク配分を行う。トルクベクタリング機能により旋回限界と安定性を両立する。
性能指標と設計パラメータ
- 最終減速比:発進性と高速燃費のトレードオフを規定する。
- トルクバイアスレシオ(TBR):LSDの駆動力配分能力を表す主要指標である。
- プリロード:クラッチ式LSDの初期作動を支配し、直進時の引きずりを左右する。
- 歯面接触・バックラッシ:JIS B 1702等に基づく精度管理が必要で、ノイズ/耐久に直結する。
- 潤滑:ハイポイドは極圧添加剤入りを用い、eLSDは油圧回路の清浄管理が重要である。
保守・故障診断
- 異音:うなり音は歯当たり不良、ゴロゴロ音はベアリング損傷の兆候である。
- 漏れ:オイルシール摩耗やブリーザ詰まりで油面が変動する。
- 摩耗粉:ドレン磁石の付着量や油の金属光を点検する。
- 調整:ピニオン深さ、プリロード、バックラッシは専用治具とトルクレンチで規定値に合わせる。
車両運動と統合制御
ABS/ESCと協調してブレーキ制御により空転輪を制動し、実質的にLSD効果を得る「ブレーキLSD」が普及する。eLSDやアクティブトルクベクタリングは左右輪に差動トルクを指令し、ターンイン応答と立ち上がりトラクションを高次に最適化する。AWDではセンターデフに多板クラッチやプラネタリ機構を用い、路面条件に応じて前後配分を連続可変とする。
自動車以外の応用
差動機構はロボットの左右独立駆動の合成、農業機械の駆動分岐、さらには機械式アナログ計算(和・差の演算)にも用いられてきた。計測分野では微小回転差の検出・拡大に差動歯車系を応用し、バックラッシ低減と剛性の最適化が精度を左右する。
設計動向
電動化ではモータ直結のeAxle内に小型デファレンシャルを一体化し、クラッチまたは独立二モータでトルクベクタリングを実現する構成が増えている。軽量化のための中空シャフト・鍛造キャリア、低粘度油による攪拌損失低減、CAEによる歯当たり最適化、予知保全のための振動・金属粉センサ搭載など、効率と信頼性の両面で改良が進む。