チタン酸ストロンチウム
チタン酸ストロンチウムは化学式SrTiO3で表されるペロブスカイト型酸化物である。結晶学的にはA位にSr、B位にTi、酸素八面体からなるABO3構造をとり、室温ではほぼ立方晶に近い対称性を示す。高い比誘電率と良好な結晶性、熱・機械特性のバランスから、エピタキシャル成長用の単結晶基板、マイクロ波デバイス、メモリスタ素子、光触媒研究など多岐に利用される。バンドギャップは広く、可視域では透明である一方、欠陥制御やドーピングにより電気伝導を精密調整できる点が産業・学術双方で重視されている。
結晶構造と相転移
SrTiO3は室温でほぼ立方晶(格子定数a≒3.905Å)であり、TiO6八面体の僅かな回転や歪みに起因する微小な偏差を含む。約105Kで反強歪み型の相転移を起こし正方晶成分が現れるが、中心反転対称性は保たれるため自発分極は生じない。いわゆる量子常誘電体(quantum paraelectric)として知られ、極低温で強誘電転移に近づきつつも、格子のソフトモードが量子揺らぎにより秩序化を阻まれている。
電気・光・熱・機械特性
- 誘電特性:室温の比誘電率は高く、温度降下とともに大きく増大する。電界印加で誘電率が変調されるため、チューナブル素子に向く。
- 光学特性:間接遷移型の広いバンドギャップ(おおよそ3.2eV)を持ち、可視域で高透過を示す。屈折率は可視で高めで、薄膜光学の基板として扱いやすい。
- 熱・機械特性:熱膨張係数はペロブスカイト酸化物として標準的で、熱伝導率も中程度である。硬度・靭性は単結晶基板としての加工・取扱いに耐える。
ドーピングとキャリア制御
SrTiO3は化学量論からの僅かなずれや置換に敏感で、キャリア密度を広く可変化できる。特にn型化は容易で、広帯域ギャップ材料ながら優れた可塑性を持つ。
- n型化:Ti位のNb置換(Nbドープ)や酸素欠損の導入で電子キャリアが供給され、抵抗率をオーダーで制御できる。
- p型化:A位やB位の受容体ドープで試みられるが安定なp型は得にくく、欠陥補償や局在化が課題となる。
- 界面伝導:LaAlO3/SrTiO3のようなヘテロ界面では、二次元電子気体(2DEG)が形成されることがあり、移動度や超伝導様相の探索が活発である。
エピタキシャル基板としての利用
SrTiO3単結晶は酸化物薄膜のエピタキシャル成長用基板として定番である。格子定数がBaTiO3、La0.7Sr0.3MnO3、YBa2Cu3O7−xなどと相性が良く、格子不整合を低減し、結晶欠陥密度を抑えられる。表面は化学エッチングと高温アニールによりTiO2終端の段差テラス構造を整えられ、原子段差制御成長(step-flow成長)に有利である。ミスカット角の最適化により、膜のステップバンチングや成長モードも調律できる。
マイクロ波・電子デバイス応用
高い比誘電率とその電界依存性から、マイクロ波帯の可変容量素子、共振器、フェーズシフタに応用される。特に(Ba,Sr)TiO3(BST)は組成で誘電特性を連続的に調整でき、SrTiO3リッチ側は損失低減に寄与する。また、金属電極との酸素欠陥制御により、抵抗変化メモリ(memristor)のスイッチング層としても機能し、イオン移動とフィラメント形成・消失の繰り返しで多値特性が得られる。
フォト触媒・電気化学的側面
広帯域ギャップ酸化物として、紫外光励起下での水分解や酸化還元反応の基盤材料に用いられる。伝導帯端・価電子帯端のエネルギー位置は助触媒(金属ナノ粒子や酸化物群)との組合せで実用的な反応電位に合わせ込める。酸素欠陥は光吸収のサブギャップ準位や表面反応サイトとして機能するため、還元雰囲気処理と再酸化処理のバランスが性能決定要因となる。
合成・加工と欠陥制御
単結晶はフローティングゾーン法やフラックス法で育成され、粒径・転位密度・不純物濃度が基板品質を左右する。多結晶体は固相反応、ホットプレス、スパークプラズマ焼結(SPS)などで緻密化され、粒界の電気・機械的応答を最適化する。加工面では機械研磨後の化学機械研磨(CMP)により原子レベルの平坦化が可能で、エッチングでは緩衝HF系溶液やアルカリ溶液を条件選択して用いる。酸素分圧の制御は不可欠で、還元処理により青色化・導電化する現象は品質評価の目安にもなる。
関連材料・比較視点
SrTiO3はBaTiO3やCaTiO3など同族ペロブスカイトとの固溶系で連続的な物性変調が可能である。Ba置換により強誘電性や誘電率の温度特性が変わり、マイクロ波素子やアクチュエータ材料としての最適点が現れる。Mn、Fe、Crなど遷移金属ドープは磁気応答や漏れ電流、誘電損失の制御に用いられ、透明導電・抵抗変化・磁気電気効果など複合機能の設計自由度を広げる。
取り扱いと安全性
安定な無機固体であるが、粉末吸入は避け、防塵・保護具を着用する。高温還元雰囲気では酸素放出と導電化が進むため炉の材質や雰囲気制御に留意する。研磨・洗浄では微細欠陥や表面終端の変化がデバイス特性へ直結するため、工程間の清浄度と一貫条件の維持が重要である。