ダルマ|宇宙秩序を導く普遍の行為規範原理

ダルマ

ダルマは古代インド思想における中核概念であり、宇宙秩序・社会規範・個人の倫理・宗教的真理を一体として示す語である。ヴェーダ的伝統では儀礼と秩序を支える原理として、叙事詩や法典では王権と社会秩序の根拠として、仏教では「法(ダンマ)」すなわち真理・教え・諸現象として機能した。ダルマは時代と宗教により含意が揺れ動くが、「世界と人間のあるべき在り方を支えるもの」という核は共有される。

語源と基本概念

ダルマ(dharma)は語根「dhṛ(支える)」に由来し、「支えるもの」「保持するもの」を意味する。宇宙・自然・社会・個人の行為を正しく保つ原理として理解され、規範(法)であると同時に事物の本性(性法)をも指す。ウパニシャッド期以降、この原理はブラフマン(宇宙原理)やアートマン(自己)との関係で論じられ、存在と行為の秩序を基礎づける概念へと精緻化した。

訳語の幅

ダルマは文脈に応じて「法」「義」「規範」「道」「本質」「教え」などに訳される。宗教横断的な用法があるため、訳語は固定せず、対象文脈(ヴェーダ、叙事詩、法典、仏典)を明示して理解するのが学術上妥当である。

ヴェーダと儀礼神学における秩序

ヴェーダ的宗教では、宇宙秩序リタと結びつく規範がダルマである。祭式は秩序維持の行為として重視され、ブラーフマナ文献やウパニシャッドに至る思想史の中で、行為(カルマ)と存在の関係、言葉の力、王権の正統性などがダルマの語のもとに論じられた。

ヒンドゥー社会のダルマ(ヴァルナとアーシュラマ)

ヒンドゥー社会では、身分秩序(ヴァルナ)と人生段階(アーシュラマ)に応じた各人のダルマ(義務と規範)が定められた。ダルマ・シャーストラ(法典)は家族法・相続・刑罰・王権などを網羅し、王のダルマは保護と裁断、布施と正義の実践に要約された。さらに人生の四目的(プルシャールタ)においてダルマは第一義の基準となる。

  • ダルマ(倫理・規範)
  • アルタ(利得)
  • カーマ(愛欲)
  • モークシャ(解脱)

仏教におけるダルマ(法)

仏教ではダルマは「法(ダンマ)」であり、釈尊の教えと諸現象(諸法)を指す。四諦・縁起・無常・無我といった教理は「法」として伝えられ、初転法輪はサールナートで行われたと伝承される。人格としてのブッダガウタマ=シッダールタ)と、真理としての法、そして僧団(サンガ)は三宝として尊ばれる。

  • 四諦:苦・集・滅・道
  • 八正道:正見/正思惟/正語/正業/正命/正精進/正念/正定

ここでのダルマは規範というより真理と現象の在り方に重点が置かれ、救済論的・認識論的な色彩が濃い。

ジャイナ教と普遍倫理

ジャイナ教におけるダルマは非暴力(アヒンサー)や禁欲実践を中心とする徳目群として説かれる。世界の実体観(多様実在論)に立脚し、厳格な戒律が解脱への道とされる点に特徴がある。

  • 非暴力・不害
  • 真実・不妄語
  • 不盗・不奪
  • 禁欲・梵行
  • 不執着

政治思想と国家(カウティリヤとアショーカ)

古代インドの政治思想もダルマを中核に据える。実務的国家理論を示した『アルタ・シャーストラ』の著者とされるカウティリヤは、為政者の目的(利得)を説きつつもダルマに適った統治を要請した。マウリヤ朝創建者チャンドラグプタの後を継ぐアショーカは、カリンガ遠征の反省から寛容と慈悲の「ダンマ(ダルマ)」を勅法として布告し、刑罰の節度・生命尊重・宗教間の敬意を掲げた。帝都パータリプトラを中心に公布された勅法は、規範としてのダルマの政治的展開を物語る。

宗教間の差異と連続性

ヴェーダ的・ヒンドゥー的文脈のダルマは秩序と義務の規範性が強く、仏教では真理・現象の法性が前面に出る。だが両者は「世界・社会・人の行為が正しく保たれるべきだ」という直観で連続しており、王権・社会制度・個人修養の各レベルにおいて相互に影響し合ってきた。

史料と代表的な用例

『マハーバーラタ』や『バガヴァッド・ギーター』は各人の本来の務め(スヴァダルマ)を論じ、ダルマ・シャーストラは具体的規範を体系化する。仏教聖典は「諸法(ダルマ)の無我」や「法灯」の比喩を通じて真理の世代的継承を語る。ウパニシャッド伝統では宇宙原理と自己の一致の探究の中で、ウパニシャッドブラフマンアートマンの議論がダルマの地平を広げた。かくしてダルマは、宇宙論・倫理学・法思想・宗教哲学を横断する多義的核概念として、インド思想史の骨格を形成している。