ジャイロ
ジャイロは、物体の角運動量が保存される性質を利用して角速度や姿勢変化を検出・保持する計測・制御デバイスである。回転子(ロータ)や弾性振動体、光学共振器などを用いて基準となる慣性空間に対する相対的な回転を感じ取り、電気信号として出力する。航空宇宙の慣性航法装置(INS)や機器の姿勢安定化、車両の横滑り抑制、ロボティクスの自己位置推定、スマートフォンやドローンの姿勢制御など、幅広い分野で不可欠の要素である。
動作原理と基礎概念
ジャイロの基盤は角運動量保存則である。外部からトルクが印加されない限り角運動量は一定に保たれるため、内部に高い角運動量をもつ系(高速回転ロータや光学的な等価角運動量)を備えることで、外界の回転に対して基準軸が「慣性空間」に固定される。このとき外力モーメントに応じて歳差運動が生じ、検出器はその微小角度や角速度を電気信号に変換する。振動式では弾性体を共振させ、コリオリ力による直交方向の振動成分を検出して角速度を得る。光学式ではサニャック効果により、リング経路を反対方向に伝搬する光の位相差から回転を検出する。
構造と主要方式
ジャイロは原理によりいくつかに大別される。機械式(回転ロータ型)はジンバルに吊られたロータを用い、慣性空間に対する方向保持と歳差の読み取りで角速度を得る。振動式(MEMS/音叉/チューニングフォーク/ヘミスフェリカルレゾネータ)は微小構造を励振し、コリオリ力由来の直交振動を容量・圧電・圧阻などで検出する。光学式では、リングレーザジャイロ(RLG)がレーザ共振器のビート周波数差、ファイバオプティックジャイロ(FOG)が干渉計の位相差から角速度を求める。これらは可動部の有無や耐環境性、スケール、精度で使い分けられる。
各方式の特徴
- 機械式:大きな角運動量により低ドリフトだが、機構が複雑で摩耗・潤滑管理を要する。
- MEMS振動式:小型・低消費電力・量産性に優れ、家電・車載・ドローンに最適。温度依存とホワイトノイズへの設計配慮が重要。
- RLG:高精度・広ダイナミックレンジでINSの基幹。ロックイン回避のためのダザーが用いられる。
- FOG:可動部がなく高信頼で長寿命。偏波維持・位相制御・光源ノイズ管理が鍵。
- ヘミスフェリカルレゾネータ(HRG):ガラス共振器の立ち上る高Qを活かし超低ドリフトを実現。
性能指標と評価法
ジャイロの主要指標には、スケールファクタ感度(出力/角速度)、直線性、ゼロバイアス(オフセット)、バイアス安定度、角速度ランダムウォーク(ARW)、角度ランダムウォーク(angle RW)、ノイズ等価角速度(NEΩ)、帯域幅、遅延、耐衝撃・耐振動性、温度係数などがある。静的特性だけでなく周波数応答や短期・長期の安定度も重要で、特に慣性航法ではドリフトの蓄積が航法誤差に直結するため、時間スケールごとの雑音とバイアス変動の分離評価が必要となる。
アラン分散と雑音モデル
時系列出力の統計評価にはアラン分散(Allan Variance/Deviation)が広く用いられる。対数–対数プロット上でスロープにより、ARW(−1/2傾き)、バイアス不安定(0傾き)、レートランダムウォーク(+1/2傾き)などを識別できる。これによりキャリブレーション後の残差や温度ドリフト、1/fノイズの寄与を推定し、フィルタ設計やセンサフュージョンの重み付けに反映する。
誤差要因と補償
ジャイロの誤差は、温度変動、機械応力、加速度感度(g感度)、アライメント誤差、交差軸感度、電源変動、振動・音響雑音、光学ノイズ(RIN、位相雑音)など多岐にわたる。対策として、温度センサと多項式補償、ソフト・ハードアイソレーション、筐体の対称設計、基板ひずみ低減、光学では偏波管理・位相閉ループ制御を行う。システムレベルでは、加速度計と組み合わせたIMU構成とし、カルマンフィルタやコンプリメンタリフィルタでバイアス推定・ドリフト抑制を図る。工場出荷時キャリブレーション(多位置回転、六面静置)と現場でのフィールドキャリブレーションを併用する。
応用とシステム統合
ジャイロはINS/IMUとして航空機・衛星・ミサイルに搭載され、GNSSと統合して耐妨害・連続性を確保する。車載ではヨーレート検出によりESC/ESPやADASの安定化を支援し、鉄道や建設機械ではブーム・プラットフォームの姿勢安定化に用いられる。民生ではスマートフォンの画面回転、手ぶれ補正(OIS/EIS)、VR/ARのヘッドトラッキングに不可欠である。ドローン・ロボットではSLAMと融合し、短時間のGNSS遮蔽や磁気擾乱下でも姿勢推定を維持する。海洋分野ではジャイロコンパスやストラップダウン型姿勢参照装置(AHRS)が船体の針路保持・揺れ補償を担う。
設計・選定の要点
- 要求精度と時間スケール:ARW・バイアス安定度・帯域の目標をミッション誤差から逆算する。
- 環境条件:温度範囲、振動・衝撃、EMC、真空・湿度などに応じて方式とパッケージを選ぶ。
- キャリブレーション戦略:多点温度補償、アライメント補正、g感度測定とモデル化を計画する。
- フュージョン設計:加速度計・磁気計・GNSS・ビジョンとのセンサ融合で短長期の誤差を相殺する。
- 信号処理:ホワイト・1/f・量子化ノイズを踏まえたフィルタ、サンプリング、遅延管理を行う。
- 信頼性:長期ドリフト、経年変化、自己診断(BIST)とフェールセーフの確立が重要である。
関連概念と用語
ジャイロの理解には、ジンバル、ストラップダウン、プリセッション(歳差)、ナットレーション(章動)、ロックイン、ダイナミックレンジ、量子化、感度軸・直交軸などの語彙が役立つ。ジンバルロックは自由度の重なりにより姿勢表現が失われる現象であり、数値実装ではクォータニオン表現が好まれる。産業規格や試験法は各方式で異なるが、温度サイクル・振動・衝撃・寿命を包含した包括的評価が求められる。