サンプリング定理
サンプリング定理は、有限帯域の連続時間信号を離散時間へ標本化しても情報を失わず、理想的には元のアナログ信号を完全に再構成できる条件を与える定理である。帯域上限をB[Hz]とする厳密な帯域制限が成立するなら、標本化周波数f_sは少なくとも2B以上でなければならない。これをNyquist速度(またはNyquist周波数f_N = f_s/2)の条件という。十分条件の下では、理想的sinc補間によって連続時間波形を誤差なく復元できる。
定理の前提と結論
サンプリング定理の前提は「信号の厳密な帯域制限」である。連続時間信号x(t)のフーリエ変換が|f| \le Bでのみ非ゼロであるとき、f_s \ge 2Bを満たす等間隔標本x[n] = x(nT_s)(T_s = 1/f_s)から、理想的補間sinc(f_s t – n)の線形結合でx(t)を完全再構成できる。定理が与えるのは「存在」と「一意性」であり、実装方法は問わない。
エイリアシングの機構
標本化は周波数領域でスペクトルの周期複製を生む。f_s < 2Bでは複製同士が重なり、周波数成分が折り返して誤った低周波に見える。これがエイリアシングである。逆にf_s \ge 2Bなら複製は非重畳であり、理想的低通再構成フィルタで一周期分を取り出せる。したがって設計上は、入力前段で帯域外成分を除去するアンチエイリアシング低通(アナログ)フィルタが実務上の必須要素となる。
再構成:理想と実装
理想再構成は無限長のsinc補間に相当し、位相は線形、通過帯で等リップルゼロ、群遅延一定という理想特性をもつ。しかし実機のDACでは有限長のデジタル補間フィルタやアナログの再構成低通を用いる。ゼロ次ホールド(ZOH)のみでは高周波のsinc包絡で波形歪みが生じるため、後段の平滑フィルタで補償するのが通例である。
オーバーサンプリングの利点
実務ではf_sを理論下限より高く取るオーバーサンプリングが広く用いられる。理由は、(1) アンチエイリアシングのアナログ低通に緩い遷移帯を許せる、(2) 離散時間領域でのデジタル補間・補正が容易、(3) ノイズシェーピングと組み合わせた高分解能化(特にΔΣ型ADC)が可能、の三点である。結果として実装容易性とロバスト性が向上する。
量子化・雑音・ジッタの影響
サンプリング定理は連続値・無雑音・等間隔標本という理想を前提としており、量子化誤差・熱雑音・クロックジッタは含まない。量子化は等価的に白色雑音(条件付き)として扱え、分解能NビットのSNRは理想で約6.02N+1.76[dB]に達する。一方ジッタは高周波成分ほどSNRを劣化させ、f_{in}が大きい測定ではクロック位相雑音が支配誤差となる。これらは定理の適用可否ではなく、達成精度を規定する実装要件である。
離散時間・離散周波数の見方
標本列x[n]のDTFTは2π周期で、連続時間のスペクトル複製に対応する。有限長データではDFTを用い、窓関数で漏れ(リーケージ)を制御する。時間軸の間引きや補間は、周波数軸での拡大・縮小やゼロ詰めに対応し、帯域制限と標本化則の関係を直感的に理解できる。
設計フロー(実務)
- 対象信号の有効帯域Bを見積もる(伝送路・センサ・アクチュエータ・雑音源を含める)。
- アンチエイリアシング低通の遮断と遷移帯を決め、必要f_sを設定する(安全率を考慮)。
- ADC分解能、フロントエンド利得、SNR/ENOB目標を整合。
- デジタル側の補間・デシメーション・FIR/IIR設計を行い、群遅延と位相整合を確認。
- クロック源の位相雑音・ジッタとレイアウト(基板電源・リファレンス)を最適化。
画像・信号以外への拡張
定理は多次元信号にも拡張でき、画像では空間周波数の帯域制限と画素ピッチが2B条件を満たすかがモアレ発生可否を決める。カラーカメラではベイヤ配列とデモザイク処理が実質的なサンプリング・補間系を構成し、ローパスの光学OLPFがアンチエイリアスとして機能する。
連続時間と離散時間の位相
再構成の理想フィルタは線形位相で、群遅延が一定である。デジタル補間FIRも線形位相実現が容易だが、IIRは非線形位相になりやすい。制御系では位相遅れが安定余裕に直結するため、帯域設計時にエイリアシングとともに群遅延の評価を欠かせない。
バンドリミテッドの現実性
自然信号の多くは厳密帯域制限ではなく、高域で緩やかに減衰する。そのため現実設計では有限遷移のアナログ低通で高域を抑圧し、残留成分はデジタル側のオーバーサンプリングとフィルタで制御する。これはサンプリング定理の「十分条件」を実務に合う形で緩和する戦略である。
ナイキスト速度とナイキスト周波数
文献により用語が揺れる。ここでは標本化必要条件f_s \ge 2Bを「ナイキスト速度」と呼び、f_N = f_s/2を「ナイキスト周波数」とする。混同を避けるため、設計書では記号定義を明記するのが望ましい。
サンプリングと保持(ホールド)
理想標本はディラックパルス列だが、実機では有限アパーチャ時間のサンプル・アンド・ホールドで近似する。アパーチャ時間は高域での損失(sinc包絡)を生み、必要に応じて等価逆補償をデジタル側で実施する。
要点の箇条書き
- サンプリング定理は帯域制限とf_s \ge 2Bを前提に完全再構成を保証。
- 不足標本はエイリアシングを招き、前段低通が実務上必須。
- 理想はsinc補間、実装はFIR補間+再構成低通で近似。
- 量子化・雑音・ジッタは定理外だが性能を規定。
- オーバーサンプリングは設計を容易にし、精度とロバスト性を高める。