コペルニシウム(Cn)
元素コペルニシウム(Cn)は原子番号112の超重元素であり、周期表第12族(Zn–Cd–Hg–Cn)に属する人工元素である。既知の同位体は極めて短寿命で、合成後ただちにα崩壊あるいは自発核分裂で壊変するため、物性・化学の実験データは主に単原子レベルのオンライン実験と量子化学計算に基づく推定である。6d107s2の閉殻的な価電子配置と強い相対論的効果により、金属でありながら結合が著しく弱く、常温・常圧ではきわめて揮発的(気相で取り扱われる)と予測される。命名は天文学者ニコラウス・コペルニクスにちなむ。
発見と命名の経緯
1996年、独GSIの重イオン研究施設で、^208Pb(^70Zn,n)^277Cn 反応により原子番号112の生成が報告された。その後の再現実験と壊変連鎖の同定を経てIUPACが2010年に名称Copernicium、元素記号Cnを正式決定した。正式採択はコペルニクスの誕生日に合わせて発表され、天文学的世界観の転換に敬意を表している。
周期表での位置づけと電子配置
第12族に並ぶZn・Cd・Hgに続く同族元素で、基底状態の電子配置は[Rn] 5f14 6d10 7s2と見積もられる。d軌道が満杯で7sが強く収縮・安定化するため、価電子が化学結合へ参加しにくい。結果として金属結合はさらに弱化し、Hg以上に低い融点・沸点、低い表面相互作用が示唆される。
相対論的効果の要点
- 7s軌道の収縮とスピン–軌道相互作用の増大により化学的不活性が強まる。
- 6d軌道の分裂・拡張が結合性を低下させ、金属結合が弱くなる。
- 弱い金–Cn相互作用(吸着エンタルピーの低下)により気相クロマトグラフィーで貴ガス様挙動を示す。
物理的性質(推定)
実用量の試料は存在しないため、物理定数は理論推定と単原子測定から間接的に議論される。常温付近での状態は「非常に揮発的な金属」とされ、凝縮相でも弱い分散力が支配的であると考えられる。密度は原子量と相対論的収縮の兼ね合いからHgより大きい可能性が指摘されるが、確定値ではない。
化学的性質と酸化状態
同族の傾向から形式的な酸化状態は+2が最も安定と予測され、Hg(II)に類似のハロゲン化物や配位錯体の形成が理論的に検討されている。一方、+4の安定性はHgよりさらに低く、溶液化学は実験時間スケールの制約から確立していない。気相化学では、金表面への吸着がきわめて弱いことが示唆され、化学的不活性は貴ガスに近い。
生成法と同位体・壊変
合成には重イオン融合反応が用いられ、代表的には鉛標的と亜鉛ビームによる中性子放出チャネルが知られる。得られる同位体は原子数個〜数十個規模で、半減期はミリ秒から数分程度と短い。壊変は主としてα崩壊を連ね、Ds・Rgなど既知の超重核へ連なる壊変系列の相関で同定される。
- 代表反応:^208Pb(^70Zn,n)^277Cn
- 主壊変様式:α崩壊、自発核分裂
- 生成断面積:ピコバルンオーダー(理論・実験の整合が継続検討)
測定・同定技術
生成核は反跳分離器(SHIP, TASCAなど)で迅速分離し、シリコン検出器でα壊変を時間相関追跡する。化学実験ではキャリアガスで金表面に導き、吸着・脱着挙動から表面相互作用を評価する単原子クロマトグラフィーが用いられる。移送・計測は秒未満〜数十秒の時間窓で完結する必要がある。
理論計算と材料観
相対論的密度汎関数法(RDFT)やカップリングクラスター法により、結合エネルギー、イオン化エネルギー、分極率、吸着エンタルピーが見積もられている。いずれもHgより弱い結合性を示し、表面・界面での「ほぼ惰性的」なふるまいが一貫する。これは周期表の周期性が超重領域でどのように修飾されるかを示す好例である。
安全性と取り扱い
得られる核種は極微量かつ短寿命であり、実験は放射線管理区域下で遠隔・自動化されたシステムにより行われる。環境中に検出可能量が存在することは想定されず、一般的な暴露リスクは考慮不要である。研究者はα線・重イオン残留線量に対する標準的な遮蔽・監視を実施する。
学術的意義
超重元素は「安定の島」探索、原子核構造、相対論的量子化学、表面科学のベンチマークとして重要である。とくに元素コペルニシウム(Cn)は、閉殻金属が極端なZ領域でどれほど惰性化しうるか、周期表の枠組みを検証する格好の題材である。希少かつ短寿命で応用は想定しにくいが、単原子の物理・化学から普遍法則を抽出するという学術の核心に位置づけられる。
用語メモ
- 第12族:Zn, Cd, Hg, Cn。
- 相対論的効果:高速化する内殻電子が価電子のエネルギー準位とスピン–軌道相互作用を変調する効果。
- オンライン化学:生成直後の単原子を搬送し、その場で化学挙動を測る手法。
- 壊変連鎖解析:時間相関とエネルギーで同位体系列を同定する方法。
- 元素コペルニシウム(Cn):原子番号112、名称はCopernicusに由来。