カチオン
カチオンは正電荷を帯びるイオンであり、溶液中や固体内で電子を失う、あるいは陽子付加などの反応により生成する。電気化学ではカチオンは陰極(cathode)へ移動し、対となる負電荷種であるアニオンとともに電気伝導や物質移動を担う。代表例としてNa+、K+、H+、NH4+、Ca2+、Al3+などが挙げられ、化学結合、溶媒和、拡散、配位化学、分析化学、材料工学など広範な分野で中心的な役割を果たす。
定義と語源
カチオン(英: cation)は正電荷を持つ粒子であり、原子または分子が電子を失う(酸化される)ことで生じる。語源はギリシャ語の「下へ行く」に由来し、電気分解の際にカチオンが陰極側へ移動する現象に対応する。日本語では陽イオンと呼ぶ。
生成機構
- 金属原子の電離: M → Mz+ + z e−
- プロトン化: 塩基BがH+を受容してBH+となる反応(例: アミンのプロトン化)
- 配位子解離や酸化反応: 遷移金属錯体での酸化数上昇に伴うカチオン化
- 固体内の欠陥化学: 格子点からの電子放出により正孔様の有効カチオンが現れることがある
電荷・半径・溶媒和
カチオンは同じ元素の中性原子に比べて有効核電荷の影響が大きく、一般にイオン半径が小さくなる。水など極性溶媒中では水和殻を形成し、特にLi+やMg2+のような小半径・高電荷イオンは強い溶媒和エネルギーを持つ。溶媒和は移動度、活量係数、反応速度に影響し、Debye–Hückel理論などで定量的に扱われる。
溶液中の挙動
- 移動度: カチオンは電場下で陰極方向へ移動し、イオン半径と溶媒和の程度で移動度が決まる。
- 酸性度: 多価カチオン(Al3+など)は水を配位して加水分解を起こし、溶液を酸性化する。
- イオン対形成: アニオンと弱い会合(イオン対)を形成し、導電率や溶解度に影響を与える。
- 緩衝とイオン強度: 溶液のイオン強度は活量や電位差測定の応答に関与する。
固体・材料中の役割
イオン結晶ではカチオンとアニオンが静電相互作用で格子を組む。欠陥化学では空格子や間隙位置を介したカチオン拡散が起こり、固体電解質やセラミックスの導電性・機械特性に影響する。層状材料やポリマーではLi+などの挿入・脱挿入が可能で、二次電池に応用される。
酸塩基・配位化学
カチオンは一般にLewis酸性を示し、電子対供与体(配位子)と錯体をつくる。安定度定数(β)は金属イオンの硬軟性や配位子のドナー原子に依存し、HSAB則でおおまかな傾向を説明できる。たとえば硬酸であるAl3+はOドナー配位子を好み、軟酸のAg+はSやPドナーを好む。
分析と分離
- 古典的系統分析: 沈殿剤や硫化物形成を利用してカチオン群を段階的に分離する。
- 炎色反応: Na+(黄色)、K+(淡紫)、Cu2+(青緑)などの識別。
- 分離手法: イオン交換樹脂によるカチオン交換、イオンクロマトグラフィー、ICP–OES/ICP–MS、AASによる定量。
- 電気化学計測: イオン選択性電極や電位差滴定での定量。
工学・産業での応用
水処理ではカチオン交換樹脂が硬度成分(Ca2+, Mg2+)を除去する。電池ではLi+の高速拡散と可逆な挿入反応がエネルギー貯蔵を支える。電析・表面処理では金属カチオンの還元析出が利用され、電解精製やメッキに応用される。セメント・土木材料では陽イオン種が凝結と強度発現に寄与する。
生体内での重要性
Na+とK+は細胞内外で濃度勾配を形成し、膜電位・神経伝達・浸透圧調節を担う。Ca2+はシグナル伝達や筋収縮のトリガーであり、Mg2+は酵素活性の補因子として働く。これらのカチオンバランス異常は生理機能に重大な影響を与える。
代表的なカチオンの例
- 単原子: H+, Li+, Na+, K+, Mg2+, Ca2+, Al3+, Fe2+/Fe3+, Cu2+, Zn2+
- 多原子: NH4+, H3O+, NO+
- 有機: トリメチルアンモニウム、ピリジニウムなどの四級アンモニウム・芳香族カチオン
表記・単位・関連量
カチオンは元素記号や化学式の右肩に電荷数を付す(例: Fe3+、Ca2+)。濃度はmol/L(M)を用い、電解質溶液の性質は価数z、輸率t+、当量伝導率、活量aなどで記述する。電気化学計算ではNernst式が電位と活量を結び付け、輸送現象ではNernst–Planck式が拡散・移動・対流を統合的に扱う。