イスラーム化後のイラン
イスラーム化後のイランとは、7世紀半ばのアラブ軍の進出とササン朝の崩壊を起点に、イラン高原がイスラーム世界の政治・社会・文化圏へと重層的に編入されていく過程と、その後の王朝交替を通じて形成された宗教・言語・制度・都市文化の総体を指す。征服後ただちに全面的改宗が進んだのではなく、ジズヤやハラージュの税制、マワーリーの身分的上昇の回路、都市とオアシスの商業ネットワークが相互に作用し、数世紀をかけて信仰と生活慣習が浸透した。やがてペルシア語の復権と学芸の興隆、テュルク系軍事力の台頭、モンゴル期の再編、サファヴィー朝の国家的シーア派化をへて、近世・近代のイラン社会の枠組みが固まっていくのである。
征服と改宗の進行
651年のササン朝滅亡後、ウマイヤ朝・アッバース朝の下でイランは州として統治され、地元の有力者は徴税や司法で役割を保持した。改宗は地域差が大きく、商人・書記・兵士など都市的職能層が早かった。モスク・スーク・キャラバンサライが結節点となり、巡礼と交易の流れが信仰の浸透を促した。墓地における埋葬様式の変化、イスラーム法に基づく相続・婚姻の普及、慈善寄進(ワクフ)の増加など、制度と日常生活の接点で「イスラーム化」が可視化されたのである。
ペルシア語の復権と学芸
9〜10世紀、アラビア文字を用いた新ペルシア語が宮廷・文学・行政の言語として確立した。叙事詩『シャー・ナーメ』は王権観と歴史記憶を再編し、医学・天文学・哲学ではホラーサーンの学者が活躍した。マドラサの整備とワクフの広がりが学知の担い手を育て、歴史叙述・地理書・鑑識学など実務にも結びついた。アラビア語がコスモポリタンな学術語として機能し続ける一方、ペルシア語は王朝文化のアイデンティティを担い、宮廷文書・鏡鑑・書簡文の洗練をもたらした。
地方王朝とテュルク化の進展
ターヒル朝・サッファール朝・サーマーン朝・ブワイフ朝などの地方王朝は、イランの自立的政治文化を育んだ。やがてテュルク系の軍人・遊牧勢力が常備軍の中核となり、セルジューク朝はイクター制を整えてスンナ派秩序を再建した。宮廷ではペルシア語官僚が財政・文書行政を担い、宗教界では法学派の権威が深化した。軍事のテュルク化と官僚のペルシア化の併存は、以後の王朝国家の構造的特徴となる。
モンゴル支配と再編
13世紀のモンゴル征服は人口と都市に深い傷を残したが、イル=ハン国の下で税制改革や土地台帳の整備が進み、交易と都市文化は再活性化した。史書編纂が保護され、王朝の系譜・地理・民族誌が統合された大著が成立する。イラン各地で陶器・金属工芸・書道・細密画が宮廷需要を背景に発展し、中国・中央アジア・地中海世界の技法が融合した。
シーア派国家の成立と宗教文化
1501年にサファヴィー朝が建ち、十二イマーム・シーア派が国家宗教に定められた。法学者(ウラマー)と巡礼都市群(コム・マシュハド)を基盤に、儀礼・説教・教育が制度化され、タアルーフの礼節やタアジーエの受難劇が年中行事に定着した。スーフィー教団は再編され、信心と政治の距離感が再定義される。建築ではイマーム広場を中心とするイスファハーンの都市空間、七色タイルとムカルナスの装飾が成熟し、文様・書体・庭園様式が一体化した。
近世から近代へ
サファヴィー朝の後、アフシャール朝・ザンド朝・カージャール朝を経て、対ロシア・対イギリス関係と関税・特権問題が内政を揺らした。1891年のタバコ・ボイコットはバザールとウラマーの連帯を可視化し、1906年の立憲革命は議会と法の統治を掲げた。近代化の過程でも、ペルシア語文学とイスラーム的規範の二重の遺産が国民像を形づくり、宗教権威・都市商人・国家官僚の三者関係が政治社会を規定し続けたのである。
宗教実践と社会構造
寄進(ワクフ)はモスク・マドラサ・病院・給水施設の維持を支え、ウラマーの経済基盤を形成した。信徒は高位法学者(マルジャ)に従い、日常の法問題を照会する。都市のバザールは行商・同職組合・信用の結節点であり、宗教指導者と商人の連携が公共善の担い手となった。スーフィー諸教団は禁欲・念誦・導師への忠誠を重んじ、地域社会の精神的ネットワークとして働いた。
都市景観と美術工芸
キャラバンサライ・隊商橋・バザール・浴場が連続する都市景観は、長距離交易と町場の生活を結びつけた。建築はレンガとタイルを基調に、双殻ドームと多層ムカルナスが外観と内部空間を劇的に演出する。細密画・金属象嵌・絨毯織りは宮廷と市場を往還し、文様は植物唐草・幾何学・書法を統合して独自の美学を確立した。
地域間交流と経済
カスピ海・カフカース・中央アジア草原・インド洋を結ぶ地政学は、シルクロードの陸海ルートを通じてイランに多元的な影響をもたらした。胡椒・絹・馬・金属・文書材の流通は、課税・宿駅・保護規定の整備を促し、宗教共同体間の共存と緊張を同時に生んだ。王朝が替わっても、交易路の維持と都市自治の調停は国家の重要任務であり続けた。
キーワードと通時的論点
- 改宗の漸進性:税制・身分・都市化が長期的に作用
- 言語の二重性:学術のアラビア語と宮廷のペルシア語
- 軍事と官僚:テュルク化した軍事とペルシア語官僚の協働
- モンゴル期の再編:破壊と制度改革の併存
- 国家的シーア派化:儀礼・教育・司法の統合
- 都市と交易:バザールとワクフによる公共圏の形成