イグニッションコイル|一次電流を二次高電圧に変換

イグニッションコイル

イグニッションコイルは、車載12V程度の直流を一時的に蓄電し、高速な電流遮断で数kV〜数十kVの高電圧を生み出し、スパークプラグ間隙に火花放電を形成する昇圧デバイスである。点火に必要な放電開始電圧(ブレークダウン)と持続エネルギーを確保し、混合気の着火安定と失火低減を担う。現代のエンジンではECUがコイルを個別制御し、回転数・負荷・電源電圧・温度に応じてドウェル(通電)時間と点火時期を最適化している。

原理(電磁誘導と昇圧機構)

イグニッションコイルは変圧器の動作原理に基づく。一次側コイルのインダクタンスLに電流Iを流して磁気エネルギー½LI²を蓄え、トランジスタで急断することで磁束が急変し、巻数比に応じた高電圧が二次側に誘起される。スパーク形成には二次側の起電力だけでなく、漏れインダクタンスや巻線間容量、二次抵抗などの寄生成分が動的波形を規定する。

構造と主要部品

  • 一次巻線・二次巻線:エナメル銅線を高密度に巻回し昇圧を実現する。
  • 鉄心(コア):珪素鋼やフェライトで磁束を集中し効率を高める。
  • 絶縁・ポッティング:エポキシ樹脂やオイルで高電圧の絶縁と放熱を両立する。
  • 端子・ブーツ:高耐電圧の出力端とシリコーン系ブーツでリークを防止する。
  • 内蔵イグナイタ:一次遮断用トランジスタを内蔵する型もある。

種類(配置と点火方式)

  • COP(コイルオンプラグ):各気筒直上に配置し点火精度と応答に優れる。
  • レール型:複数気筒を一体化し組付け性を向上する。
  • ダブルスパーク:1コイルで2気筒に放電する方式。
  • ディストリビュータ式:旧来の機械配電を用いる方式で、近年は減少。

電気特性と設計指標

主要指標は一次インダクタンス、一次抵抗、飽和電流、二次起電力、二次抵抗、立ち上がり時間、スパークエネルギー(mJ)などである。バッテリ電圧や温度による特性変動を見込み、低電圧時でも要求放電を満たすようドウェル制御と組み合わせて最適化する。

ECU制御とドウェル最適化

ECUは一次側をトランジスタでスイッチし、回転数上昇時に充電時間が不足しないようドウェルを可変化する。電源電圧補正、過電流防止、ノック検出との連携、失火検出(OBD-II)などを統合し、各気筒の点火時期とコイルエネルギーを滑らかにマップ化している。

故障モードと診断

  • 絶縁劣化・二次リーク:湿気や亀裂で高電圧が逃げ失火する。
  • 巻線断線・短絡:一次・二次の抵抗測定や波形観測で判別する。
  • 過熱・樹脂クラック:熱サイクル・振動で樹脂に微細亀裂が発生。
  • 失火(ミスファイア):DTC P030x、一次回路異常はP035xが指標となる。
  • 対策:プラグギャップ是正、コイル交換、ハーネス点検、端子清掃。

材料・製造技術

イグニッションコイルのコアは低損失材を用い、ボビン・ケースは耐熱樹脂で成形する。銅線は均一巻回と真空含浸で空隙を低減し、ポッティングで絶縁・放熱・耐振を確保する。端子は抵抗溶接やかしめで低抵抗接合し、量産では樹脂流動や硬化収縮の管理が歩留まりを左右する。

熱設計と信頼性

損失発熱は主に銅損とスイッチング損で、取り付け部からの熱経路設計が寿命に直結する。エンジンヘッドの高温・振動・油分・湿気・塩害環境での絶縁維持、コネクタシール性、ブーツ材の耐トラッキング性、EMCノイズ抑制が長期信頼性の要点である。

取付・保守・交換

交換時はプラグホールの清浄化、ブーツ内の誘電グリース適用、規定トルク遵守、端子腐食の点検を行う。混同しやすい症状(燃料系不調等)と切り分け、同時期・同走行のコイルは予防的にセット交換する判断も実務で採られる。

スパークプラグとの関係

要求火花電圧はプラグギャップ、圧縮比、混合気状態で変化する。ギャップ過大や汚損は二次電圧を押し上げ、コイルの絶縁ストレスを増やす。よってイグニッションコイルの健全性はスパークプラグの管理と不可分である。

等価回路と波形評価

一次側の電流立ち上がり、遮断時のフライバック、二次側のブレークダウン電圧とアーク維持電圧、バーンタイムなどの波形をオシロで観測すると、巻線・絶縁・点火系の健全性を非分解で推定できる。設計では寄生容量や漏れインダクタンスを含む等価回路で過渡挙動を吟味する。