アースクリップ
アースクリップは、溶接機や工作機械、測定器などの金属母材に確実な接地(アース)経路を与えるためのクランプである。通電時の回路を安定化し、電位差による発熱・電食・雑音を抑制する役割を担う。英語では「earth clamp」「ground clamp」などと呼ばれ、開閉構造や接触面形状、定格電流値によって多様な製品が存在する。特に溶接分野では溶接電源の戻り電流を安全かつ低抵抗で母材へ流すことが求められ、機械的保持力と導電性の両立が重要となる。
用途と機能
アースクリップの主用途は、(1)溶接電源のリターン回路形成、(2)機械・設備の保守点検時の一時的な接地、(3)静電気対策としてのワーク接地である。いずれも「低抵抗・安定接触・必要保持力」を満たすことが機能要件であり、接触抵抗の低さは発熱抑制、アーク安定、ノイズ低減に直結する。接触面には母材の酸化膜や塗膜の影響があるため、刃付き・歯付き形状や広面積パッドを採用して確実なメタルコンタクトを確保する。
構造と種類
アースクリップは概ね「スプリング式」と「ねじ式(スクリュー式)」に大別される。スプリング式はワンタッチで把持でき交換作業が迅速である一方、最大把持力はスプリング特性に依存する。ねじ式はハンドルを回して締め込むため高い接触圧を得られ、塗膜越しや歪な形状にも追従しやすい。口金はV字・平面・歯付きなどがあり、丸棒・板材・アングル材など被着体の断面に合わせて選定する。ケーブル接続はラグねじ止め、圧着端子、ブレージング端子などが用いられる。
材質と表面処理
本体材は導電性と機械強度のバランスから銅合金または真鍮が一般的で、軽量化やコスト面で鉄製(低炭素鋼)も使われる。接触部には銅、銅合金、時に銀めっきを施して接触抵抗と酸化劣化を抑える。鉄製本体には亜鉛めっき・ニッケルめっきが採用されることが多い。スプリングはばね鋼で耐熱・疲労寿命が要求され、絶縁部品には耐熱樹脂が用いられる。溶接スパッタ環境では付着防止の表面処理や交換可能な接触チップが有効である。
電気特性と定格
溶接用途では定格電流(例:200A、300A、500A級など)で選ぶ。定格は連続通電時の温度上昇限界や接触抵抗に基づくため、余裕のあるクラスを選定するのが望ましい。接触抵抗Rが小さいほどI²R損失と局所発熱は低下し、アーク安定性が向上する。ケーブル導体断面積とのマッチング、ケーブルシューの確実な圧着・締結トルク、クランプから母材までの電流経路の短縮が実効抵抗低減に寄与する。
選定基準
- 被着体形状:板・丸棒・H形鋼などに適した口金形状を選ぶ。
- 必要保持力:振動・衝撃・ケーブル引張に耐える保持力が必要。
- 定格電流:使用最大電流とデューティサイクルに対して余裕を確保。
- 耐環境性:高温・スパッタ・湿潤・腐食環境での表面処理と防護。
- 交換性:接触チップやスプリングの保守交換性、端子規格の適合。
使用手順と注意
- 接触部の塗膜・さび・油分を除去し、金属光沢の露出面を作る。
- ケーブル端子の緩み・腐食を確認し、規定トルクで締結する。
- アースクリップを母材の剛性部位に取り付け、ケーブルに無理な曲げ・引張が加わらないよう配索する。
- 通電前に抵抗値(目安として数mΩオーダ)と発熱の有無を確認する。
- 溶接中はスパッタ付着や振動での緩みを監視し、異常時は直ちに停止する。
保守・点検
定期的に接触面の酸化・焼損・スパッタ付着を除去し、摩耗が進んだら接触チップを交換する。ヒンジやねじ部には導電を阻害しない範囲で潤滑処置を行う。スプリングへたりや割れ、絶縁部のひび、ケーブルシューの緩みは失陥前兆である。定期点検では通電試験(定格の70〜100%)を短時間行い、異常発熱や臭い、変色を確認する。
規格・安全の観点
接地は感電防止と電路安定化の両面から安全衛生の要件である。事業所の電気安全規程や溶接設備の保守基準に従い、導体断面・締付トルク・許容温度上昇などを文書化して運用する。静電気対策用途ではESD管理手順に沿い、確実な接地経路とモニタリングを行う。現場ではペイント面や錆面への安易な取り付けを避け、確実な金属接触を確保することが第一となる。
関連機器との組合せ
アースクリップは溶接ケーブル、端子ラグ、ブースターケーブル、接地線などと系として機能する。ケーブルの許容電流と長さ(電圧降下)を合わせ込み、クランプ側の定格との不整合を避ける。磁性体母材では磁気回路の影響で局所的にアークが不安定化する場合があり、接地位置を変更して回路抵抗と磁束のバランスを最適化する。
補足:接触抵抗低減のポイント
表面清浄化、適正接触圧、広い有効接触面、低酸化めっき、短い電流経路が基本である。現場ではワイヤブラシやサンダでの表面処理、ねじ式による確実な締付、定期的な点検と部品交換が実務的な解となる。これらを徹底することで発熱・電食・ノイズの多くは未然に防止できる。