アンペールの法則
アンペールの法則は、電流によって生じる磁場(磁束密度または磁界)の回転性を定量化する基本法則である。電流が流れる導体のまわりに磁場が渦状に分布することを、線積分(積分形)または回転(微分形)で表す。静的または準静的な条件において、導体形状の対称性を活用すれば、磁場の大きさと方向を簡潔に決定できるため、電磁石、変圧器、モータ、インダクタなどの設計に不可欠である。なお、時間変化する電場が無視できない高速現象では、マクスウェルによる変位電流項を付加した拡張形を用いる。
定義と物理的意味
アンペールの法則の積分形は、任意の閉曲線Cに沿った磁界Hの線積分が、その曲線により張られる任意の面Sを貫く総電流(伝導電流の総和)に等しいことを述べる。式で表すと ∮CH・dl = Ienc である。ここで Ienc は面Sを貫く包絡電流であり、右ねじの法則に従って磁場の回り方が定まる。物理的には、電流が「磁場の渦源」として働き、電流が大きいほど、また閉曲線が導体に近いほど、線積分の値が大きくなることを意味する。
積分形と微分形
微分形では ∇×H = J を与え、磁界の回転(カール)が電流密度Jに等しいことを示す。この形は局所的(点ごと)な関係を与えるため、数値解析や有限要素法(FEM)での材料・形状が複雑な電磁界計算に適している。線形かつ等方な媒質では、磁束密度Bと磁界Hの間に B = μH(μは透磁率)の関係があり、アンペールの法則と組み合わせることでBの分布も決定できる。
積分路の選び方
対称性が高い系では、閉曲線Cを同心円、長方形、またはトロイドの円周などに選ぶと線積分が簡潔になる。例えば無限直線電流では、Cを半径rの円とすれば H が円周上で一定かつ接線方向となり、∮CHdl = H(2πr) = I から H = I/(2πr) をただちに得る。
代表例:無限直線電流とトロイド
無限直線電流Iがz軸方向に流れるとき、磁界は同心円状に分布し、距離rに反比例する。より実用的には、巻数Nのトロイド(円環コア)に電流Iを流すと、コア内部の平均円周Lに沿って H ≈ NI/L が得られる。コアの外側では磁束が小さく、漏れ磁束が抑制されるため、インダクタや変圧器で望ましい磁束閉路を実現できる。このようにアンペールの法則は、磁路設計の定量化に直結する。
ビオ・サバールの法則との関係
ビオ・サバールの法則は、要素電流による磁束密度の寄与を積分してBを与える。一方、アンペールの法則は系の回転対称性などを活用すると、積分経路だけでHを簡便に決められる。前者は汎用だが計算量が多く、後者は対称系で強力という補完関係にある。
マクスウェル方程式への拡張
時間依存場では、変位電流密度 ∂D/∂t を加えた ∇×H = J + ∂D/∂t(積分形では ∮CH・dl = Ienc + d/dt∬SD・dS)を用いる。コンデンサの充放電や高周波回路、電磁波の伝搬解析では、この拡張が不可欠である。準静近似が成立する低周波・小寸法の装置では、変位電流項を無視して古典的なアンペールの法則で十分な精度を得られる場合が多い。
境界条件と材料
媒質境界では、接線方向のH成分が表面電流密度Kだけ不連続になる(n×(H2−H1) = K)。強磁性体では高い透磁率μにより磁束が集中し、ギャップ部で磁気抵抗が支配的になる。なお、磁性体のヒステリシスや飽和によりμは非線形となるため、設計ではB-H特性曲線とアンペールの法則を併用して作動点を決める。
工学応用:コイル・インダクタ・モータ
ソレノイドの内部磁界は H ≈ NI/ℓ(ℓはコイル長)で近似でき、吸引力や磁気保持力の見積もりに直結する。インダクタでは必要インダクタンスLと許容電流からコア材、巻数、ギャップ長を逆算し、漏れ磁束や損失を評価する。回転機では固定子溝と回転子の磁路にアンペールの法則を適用し、起磁力分布とエアギャップ磁束を決定することで、トルク定数や効率設計に至る。機械的締結部(例えばボルト接合)付近の電流経路や渦電流対策も、磁界分布の理解により最適化できる。
設計上の注意(準静近似の限界)
周波数が高くなると、導体表皮効果や近接効果により実効電流分布が変化し、単純な一様電流仮定が破れる。さらに放射が顕著になると、変位電流項を無視したアンペールの法則だけでは不十分で、完全なマクスウェル方程式系と境界条件を用いた電磁界解析が必要となる。
測定と実験的検証
磁界の測定にはホール素子、磁気抵抗(MR)センサ、フラックスゲート、巻線検出などが用いられる。無限直線電流の近似実験では、長尺導体の周囲を円環プローブで走査し、半径rに対するHの1/r依存を確認できる。トロイドでは巻数やコア材を変えて起磁力と磁束の関係を記録し、B-Hループと合わせてアンペールの法則の妥当性と材料非線形の影響を評価する。
数式操作のポイント
(1)閉曲線Cと面Sの向きは右手系で整合させる。(2)C上でHが一定かつ接線方向であれば、線積分は H×(Cの長さ)に簡約できる。(3)包絡電流Iencは面Sの取り方に依存しないが、時間変化場では変位電流を含める拡張形を忘れない。(4)等方線形媒質ではB=μHを併用し、必要に応じてμr(比透磁率)を導入する。(5)数値解析では、回転演算子の離散化と境界条件(導体・磁性体・空気)を厳密に扱う。
関連概念
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右ねじの法則:電流の向きに親指、磁場の周回方向に四指を対応づける。
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磁束とガウスの法則(磁気):∇・B=0 は磁荷の非存在を表す。
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エネルギー密度:u = ∫0B H・dB。インダクタの蓄積エネルギー設計で重要。
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境界での表面電流:シールドやバスバーで実用的意義が大きい。