アンチモン(Sb)
アンチモン(Sb)は周期表第15族に属する半金属で、原子番号51の元素である。自然界では硫化鉱物として産することが多く、工業的には難燃剤用の酸化物、鉛合金の硬化、はんだ特性の調整、半導体や熱電材料などで重要な役割を果たす。脆く展延性に乏しいが、凝固時に体積膨張する特性をもち、鋳造充填性の改善に寄与する点が実務的に重視される。
基礎データと結晶構造
原子番号は51、標準原子量は約121.76である。結晶構造はヒ素やビスマスと同型の菱面体(A7型)で、層状に近い結合が脆性をもたらす。密度はおよそ6.7 g/cm³、融点は約630.6 ℃、沸点は約1587 ℃である。電気・熱の伝導性は金属より低く、金属的性質と非金属性質を併せ持つ典型的な半金属である。
物理的性質と加工上の要点
展延性は低く、圧延や線引きには適さない一方、鋳造では凝固膨張によって寸法忠実性が得られやすい。硬くて脆いため切削時は欠けが問題となりやすいが、微細切込みと十分な工具剛性により仕上げ精度を確保できる。耐摩耗性や減衰性を合金系で引き上げることで、すべり軸受や活字金属のような用途が成立する。
化学的性質と酸化数
主要な酸化数は+3と+5で、-3はアンチモニド(金属間化合物)で見られる。空気中で表面に酸化皮膜を生じ、常温の希酸には比較的安定だが、熱濃硫酸や濃硝酸には反応する。ハロゲンとは反応性が高く、塩化物やフッ化物を与える。水素化物のSbH3(スチビン)は毒性・不安定性が高く、取扱いに注意を要する。
代表的化合物と用途
代表化合物は次の通りである。性質と用途の関連が明瞭で、材料選定や安全管理に直結する。
- Sb2O3(酸化アンチモン(III)):難燃剤シナジスト、顔料、触媒担体として広く使用
- Sb2O5(酸化アンチモン(V)):強い酸化性を示す化合物・触媒用途
- SbCl3(塩化アンチモン):有機合成触媒、化学原料
- SbF5(フッ化アンチモン):超強酸系(例:マジックアシッド)を形成
- 金属間化合物(例:InSb, GaSb, CoSb3):半導体・熱電材料
鉱石資源と製錬プロセス
主要鉱石はSb2S3の朱安鉱(スティブナイト)で、酸化鉱としてバレンチン鉱(Sb2O3)や赤安鉱(Sb2S2O)も産出する。製錬は焙焼で硫黄を除去し酸化物化したのち、鉄などで還元して金属を得るルートが典型である。Sb2O3は昇華性を利用して揮発・回収される。副生元素(例えば銀・銅・鉛)との分離精製がコスト・環境負荷の要点となる。
合金設計への寄与
鉛−アンチモン合金は硬度・クリープ抵抗・鋳造性を高め、鉛蓄電池のグリッド、活字金属、すべり軸受のホワイトメタルに利用される。Sn−Sb系では、はんだの機械的強度や耐熱クリープの改善に寄与する。凝固膨張は収縮巣の抑制に働き、寸法安定性を要求する鋳造部材に利点を与える。
難燃剤シナジストとしての機構
Sb2O3はハロゲン系難燃剤と併用され、燃焼過程で生成するアンチモンハロゲン化物がラジカル連鎖を遮断することで発熱・発煙を抑える。PVCやHIPSなどの樹脂において低添加量で難燃等級を達成しやすい点が評価される。一方、ハロゲン系との組合せは環境・健康面の懸念から代替設計(無機水和物系、リン系等)も検討が進む。
電子材料・半導体・熱電
SiやGeのn型ドーパントとしてアンチモンは拡散が遅くプロファイル制御に有利である。III−V化合物のInSbやGaSbは狭バンドギャップ半導体として赤外検出、ホール素子に利用される。さらにCoSb3などのスクッテルダイトは格子熱伝導を抑えやすく、熱電発電・冷却材料として研究開発が継続している。
健康・安全・環境面
金属アンチモンは比較的安定だが、可溶性のSb(III)/Sb(V)化合物やSbH3は毒性が高い。粉じん・蒸気の吸入、皮膚接触を管理し、密閉系・局所排気・個人防護具を徹底する。Sb2O3は一部機関で発がん性の可能性が指摘され、国際的にも職業ばく露・製品中含有の規制が整備されている。回収・リサイクルは鉛合金や電子部品の循環と一体で進めるのが効率的である。
分析・規格・品質管理
合金中Sbの定量にはICP-MSやAAS、工程内の迅速評価にはXRFが有効である。Sb(III)/Sb(V)の形態分析は腐食・溶出挙動の評価に直結する。材料・化学品の品質はJISやISOの該当規格、並びに各業界の技術基準に準拠して管理する。試料調製では揮発損失や還元雰囲気での価数変化を抑えることが再現性の鍵である。
名称・語源と歴史
元素記号Sbはラテン語のstibiumに由来し、鉱石スティブナイトの名に対応する。古代では硫化物由来の粉末が化粧品(コール)として用いられ、中世以降は合金・医薬・顔料など用途が拡大した。近代工業ではアンチモン化合物の難燃剤用途、鉛合金強化、半導体・熱電分野が主要な需要を占め、資源供給・環境安全と技術革新のバランスが重要課題となっている。