アシエント|スペイン帝国の奴隷貿易契約

アシエント

アシエントとは、主として近世のスペイン王権が民間の商人や会社に与えた独占契約を指す言葉であり、とくにアフリカからスペイン領アメリカへ黒人奴隷を供給する独占権「黒人奴隷アシエント」を意味する場合が多い。スペイン帝国は広大な植民地支配を維持するために労働力を必要とし、征服後に先住民人口が激減すると、アフリカ奴隷貿易を制度化する手段としてアシエントを利用した。この制度は、ヨーロッパ諸国の商人資本と国家財政、さらには大西洋世界の経済構造を結びつける重要な仕組みであった。

語源と基本的な意味

アシエントはスペイン語のasientoに由来し、本来は「座席」や「取り決め」「契約」といった意味を持つ語である。スペイン王権は財政収入を確保するため、税の徴収や物資の供給、特定商品の独占取引権を民間に委ねる契約を結んだが、その種の王家と民間との取り決め全般をアシエントと呼んだ。このうち、アフリカからアメリカ大陸への黒人奴隷供給に関する契約が、世界史で特に問題となる「黒人奴隷アシエント」である。

スペイン帝国と黒人奴隷貿易

スペインはコンキスタドールによる征服戦争を通じて、中南米に広大な帝国を築いた。コルテスによるアステカ王国の滅亡ピサロによるインカ帝国の滅亡などの結果、多数の銀山やプランテーションが開発されるが、過酷な労働と疫病により先住民人口は急激に減少した。スペインは当初、先住民をエンコミエンダ制のもとで動員したが、労働力不足を補うため、やがてアフリカからの黒人奴隷を本格的に導入する方針へ転換し、その供給を制度化する仕組みとしてアシエントを活用した。

アシエントの仕組み

黒人奴隷貿易に関するアシエントでは、スペイン王権が特定の商人や会社に対し、一定期間にわたってスペイン領アメリカへ所定数の黒人奴隷を供給する独占権を与えた。契約者は王室に一時金や年貢を支払い、その代わりに奴隷供給の独占的利益を得る。王室は財政収入を確保しつつ、自ら直接貿易を行う負担を避けることができた。

  • アシエント契約者は、アフリカで黒人奴隷を購入し、大西洋を横断してアメリカの港へ輸送した。
  • 奴隷は、プランテーションや銀山での労働力として売却され、その代価として銀や産物がヨーロッパにもたらされた。
  • この過程は、ヨーロッパ・アフリカ・アメリカを結ぶ「三角貿易」の一環を形成し、スペインだけでなく他のヨーロッパ諸国の商人も深く関与した。

アシエントと国際関係

黒人奴隷供給のアシエントは、スペイン国内の商人のみならず、ポルトガル、オランダ、フランス、イギリスなど他国の商人にも付与された。とくに、スペイン本国が船舶や海上輸送で他国に劣るとき、王権は他国商人に契約を与えることで、労働力供給の確保と財政収入の獲得を図った。そのためアシエント権は、単なる経済契約にとどまらず、外交交渉や戦争終結条約の重要な交渉材料ともなった。

ユトレヒト条約とイギリスのアシエント権

18世紀初頭のスペイン継承戦争の後、1713年のユトレヒト条約において、イギリスの商社サウスシー会社が黒人奴隷供給に関するアシエント権を獲得した。これはイギリスがスペイン領アメリカ市場に合法的に参入する重要な契機であり、表向きは奴隷供給契約であったが、実際にはイギリス商人がスペイン植民地との間で密貿易を広げる足がかりともなった。このようにアシエントは、列強間の勢力均衡や通商権益をめぐる駆け引きと密接に結びついていた。

人道的批判と廃止への道

エスパニョーラ島などカリブ海地域では、征服直後から先住民への苛酷な支配と奴隷制が展開され、やがてラス=カサスのような聖職者が、先住民虐待を告発する運動を展開した。彼の著作インディアスの破壊についての簡潔な報告は有名であるが、その一方でアフリカ人奴隷の導入を認める側面もあり、結果としてアシエントの枠内で黒人奴隷貿易が拡大する皮肉な帰結を生んだ。18世紀末から19世紀にかけて、人道主義や奴隷制廃止運動が広がると、黒人奴隷貿易そのものが国際的に問題視され、各国は次第に奴隷貿易の禁止や制限に向かった。その中で、黒人奴隷供給を前提とするアシエントも次第に意味を失っていった。

アシエントの歴史的意義

アシエントは、スペイン帝国の財政運営と大西洋世界の経済構造を理解するうえで重要な概念である。この制度は、王権が民間資本と結びつき、リスクと利益を分担しながら植民地支配を維持・拡大していく仕組みを示している。また、黒人奴隷貿易を国際契約の形で制度化することで、ヨーロッパ諸国の商人や国家を、アフリカとアメリカの搾取構造に深く巻き込んだ点でも大きな意味を持つ。近年の世界史研究では、アシエントを通じて形成された大西洋世界のネットワークや、奴隷制がもたらした経済的利益と人道的悲劇の両面が検討されており、コンキスタやインカの反乱などの出来事とあわせて、中南米史・大西洋史の重要なテーマとなっている。