『エロシェンコ氏の像』|盲目の詩人を描いた中村彝の代表作

『エロシェンコ氏の像』

『エロシェンコ氏の像』(エロシェンコしのぞう)は、大正時代の洋画家・中村彝(なかむら つね)によって1920年(大正9年)に制作された油彩画である。モデルは、当時日本に滞在していたロシアの盲目の詩人、ヴァスィリー・エロシェンコ(Vasily Eroshenko)であり、彼の内面的な孤独と精神性を鋭く捉えた近代日本洋画の傑作として知られる。本作は、中村彝が新宿中村屋の相馬愛蔵・黒光夫妻の庇護のもとで制作活動を行っていた時期の代表作であり、画家の短い生涯の中で到達した芸術的境地を如実に示している。1977年(昭和52年)には国の重要文化財に指定され、現在は東京国立近代美術館に所蔵されている。ルノワールの影響を受けた温かみのある色彩と、対象の内面に迫るリアリズムが融合した本作は、単なる肖像画の枠を超え、見る者に深い精神的感銘を与える作品である。

制作の背景と中村屋サロン

『エロシェンコ氏の像』が描かれた背景には、大正期の日本における独特な文化空間「中村屋サロン」の存在がある。新宿中村屋の創業者である相馬夫妻は、多くの芸術家や文学者を支援しており、中村彝もその一人であった。当時、結核を患い死の不安と隣り合わせの生活を送っていた彝は、同じく中村屋に身を寄せていたエロシェンコと出会う。エロシェンコはロシア出身の盲目の詩人であり、エスペランティストとしても活動していた人物である。故郷を追われ、光を失った彼の漂泊の人生と、病魔に冒され孤独な闘病生活を送る彝の境遇には、相通じるものがあったとされる。この精神的な共鳴が、単なる外見の模写にとどまらない、魂の深淵に触れるような肖像画を生み出す原動力となったのである。制作は中村屋のアトリエで行われ、彝は驚異的な集中力でこの作品を仕上げたと伝えられている。

作品の特徴と様式

本作の最大の特徴は、モデルの内面性を浮き彫りにする巧みな表現技法にある。画面全体は黄褐色を基調とした温かみのある色彩で統一されており、これは彝が当時傾倒していたピエール=オーギュスト・ルノワールの影響を強く感じさせる。しかし、単に印象派的な光と色の効果を追及するだけでなく、モデルの顔立ちや表情には、対象の存在そのものを確固たる物質感を持って捉えようとする強い意志が表れている。特に、盲目であるエロシェンコの閉じた瞳の描写は秀逸であり、視覚を閉ざしたがゆえに内側へと向かう精神の集中と、彼が抱える深い悲哀や孤独が静謐な筆致で表現されている。また、人物の配置やポーズには安定感があり、古典的な肖像画の風格を備えつつも、芸術としての近代的な自我の表現が色濃く反映されている。衣服や背景の筆触は柔らかく、光に包まれたような雰囲気を醸し出す一方で、顔面や手の描写は緻密であり、画家の鋭い観察眼が見て取れる。

評価と美術史的意義

『エロシェンコ氏の像』は、発表直後から高く評価され、第2回帝展に出品された際には大きな反響を呼んだ。日本の近代洋画史において、岸田劉生の『麗子像』などと並び、大正期を代表する肖像画の一つとして位置づけられている。この時期の日本の洋画は、西洋の模倣から脱し、日本人独自の感性で油彩画を消化・吸収しようとする過渡期にあった。中村彝は、西洋の技法を習得しながらも、そこに東洋的な精神性や個人の内面的な苦悩を投影することで、独自のリアリズムを確立した。本作が重要文化財に指定されたことは、その歴史的価値と芸術的高さが公に認められた証左である。また、彝はこの作品の制作からわずか4年後に37歳の若さで早世しており、彼の画業の集大成とも言える重みを持っている。今日においても、東京国立近代美術館の常設展示などで多くの鑑賞者を惹きつけ、日本近代美術の至宝として語り継がれている。

モデル・エロシェンコの生涯

モデルとなったヴァスィリー・エロシェンコは、数奇な運命を辿った人物である。幼少期に病気で視力を失いながらも、音楽や文学に才能を発揮し、エスペラント語を習得して世界各地を旅した。日本では、中村屋の相馬黒光らと親交を深め、童話や詩を創作して日本の文化人たちに影響を与えた。彼の作品には、弱者への共感や自由への希求が込められており、その純粋な精神は多くの人々を魅了した。中村彝が描いた彼の肖像には、こうした彼の人間性や、異国での生活における寂寥感が滲み出ている。エロシェンコは後に日本を去り、ソビエト連邦へと戻ったが、彼の残した足跡は日本の文学や社会運動にも影響を与え続けている。彝の絵画は、この稀有な詩人の姿を永遠に留める記念碑的な役割も果たしているのである。

鶴田吾郎による肖像との比較

興味深いことに、同じ時期に中村屋に出入りしていた洋画家・鶴田吾郎も、エロシェンコをモデルにした『盲目のエロシェンコ』という作品を残している。鶴田の作品が、エロシェンコの柔和で親しみやすい側面を捉えているのに対し、中村彝の『エロシェンコ氏の像』は、より内省的で厳格な芸術家の魂を描き出していると評されることが多い。この二つの作品を比較することは、画家による対象の捉え方の違いや、それぞれの芸術観の差異を理解する上で非常に示唆に富んでいる。彝はモデルの内面に自らの苦悩を重ね合わせることで、普遍的な人間の孤独を表現しようとしたのであり、その深刻なまでの精神性が、本作を不朽の名作たらしめている要因の一つと言えるだろう。