無権代理|権限なき者の行為と本人・第三者の利害調整

無権代理

無権代理とは、本来代理権を有しない者が、あたかも正当な代理権を持っているかのように振る舞い、第三者との間で法律行為を行うことを指す概念である。代理権のない者が勝手に契約を締結する行為は取引の安全を脅かし、本人・第三者双方に多大な影響を及ぼすため、民法上は無権代理に関する詳細な規定と責任追及の仕組みが定められている。実際の取引現場では、権限を偽装するケースのみならず、会社の従業員や親族などが「代理人」の立場を誤解したまま契約手続きを進める事例などが生じ得る。こうした状況を整理するための制度や考え方が強く求められ、この制度に関する判例・学説は取引法の分野で議論が絶えないテーマとなっている。

代理制度と無権代理の位置づけ

代理制度は、本人が直接行うことが困難または効率的でない法律行為を第三者に委任し、本人の計画や利益を反映させる仕組みである。ところが無権代理の場合、そもそも代理権自体が存在しないか、あるいは存在していたが範囲を逸脱しているため、行為の有効性が不透明となってしまう。取引安全の観点では、契約を結んだ第三者が不測の損害を被る可能性も高く、本人が関与していないにもかかわらず契約上の責任を追及されかねない状況も生じる。そこで、民法は無権代理に対し、一定の保護規定や追認の仕組みを設け、取引関係者の利害を調整する方策を示している。

無権代理の類型

無権代理は、大きく分けて二つの類型がある。ひとつは「そもそも代理権を与えられていない者による無権代理」であり、実際には代理人ではないにもかかわらず、代理人を装って契約を締結するケースを指す。もうひとつは「権限を逸脱した行為に基づく無権代理」であり、例えば会社から一定の範囲で代理権を付与された従業員が、その範囲を超える行為を行った場合などが該当する。いずれのケースでも、本人が追認すれば契約は有効となるが、追認が行われなければ契約は無効となり、さらに無権代理を行った者の責任問題が浮上することになる。

追認とその効果

民法上、無権代理による契約は、原則として当初から無効とされるが、本人がその行為を「追認」すれば、追認の効力は契約締結の時点にさかのぼって有効となる。これは追認に遡及効が認められるためであり、あくまで本人が契約内容を容認した結果、無効が有効に転換する仕組みである。追認の判断は本人の自由意思に委ねられるが、第三者保護の観点から曖昧な態度を長引かせることは好ましくないとされ、追認・拒絶の意思を速やかに表明することが求められる。

表見代理との関係

表見代理は、外見上は正当な代理権が存在すると信じるに足る状況下で契約が締結された場合に、本人に契約の効果が帰属する制度である。表見代理が成立すれば、第三者は契約を有効として主張できるため、無権代理とは区別される。もっとも、実際の取引では「代理権がなかったのではないか」と疑われる状況でも、外観作出を本人が容認していた結果、表見代理が成立する場合がある。このように、無権代理の問題か、表見代理による第三者保護が認められるかは、双方の主張立証をもとに個別に判断される。

無権代理人の責任

本人が契約を追認しなかったとき、契約は無効に終わる。しかし、契約相手方である第三者が善意無過失(代理権の不存在を知らず、また知らないことに落ち度がない)であった場合、無権代理を行った者に対し信頼利益の損害賠償を請求できる可能性が生じる。さらに、無権代理人が悪意または有過失であれば、契約成立時と同等の利益を第三者に与えられなかったことについて責任を負う立場となる。このように、代理権を持たない行為者が、追認拒絶によって契約が無効化した際に負担するリスクは軽視できない。

実務上の留意点

企業間取引や個人間取引を問わず、契約の相手方としては「本当に正当な権限を持つ代理人か」を確認することが肝要である。特に会社では、代表取締役以外の役員・従業員が契約締結権限を持つ場合もあるが、その範囲が明確でなければ無権代理に発展しやすい。書面や電子契約システムで明示的に権限を示す工夫や、疑義がある場合に本人に直接確認を取る姿勢がトラブル回避の鍵となる。取引の安全を確保するには、代理権の範囲を周知徹底し、相手方にも十分な情報を提供することが望ましい。

裁判例と今後の動向

日本の裁判例では、無権代理における外観作出の度合いや、当事者の善意悪意の別などを丁寧に検討する傾向がある。取引の種類や業界の慣行、当事者の社会的立場など、幅広い要素が斟酌されるため、一律に結論を下すのが難しい分野でもある。近年は電子取引やオンライン契約の普及が進み、権限確認の在り方がますます複雑化している。契約法や会社法の枠組み内で適切なガイドライン整備が進むかどうかは、今後の大きな課題として注目されている。

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