湾岸戦争のプロパガンダ戦略|広報技術と戦争

湾岸戦争のプロパガンダ戦略

アメリカは、ベトナム戦争で傷つく兵士の画像が繰り返しテレビで流れたことから反ベトナム戦争の機運生まれた反省により、それを逆手に積極的にプロパガンダ工作が行われた。開戦時には、被害者を演じたクウェートの少女アウラの証言の映像が流れ、戦時には、連日、米軍のピンポイント爆撃の成功映像が流れた。

フェイクニュース

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目次

米軍の報道規制

サウジアラビアで取材する世界1400人の記者に対し、アメリカ軍は、軍事行動に同行する記者の数を、192人に限定した。さらに報道は、アメリカ司令部の軍事検閲担当者の許可を強いられた。結果、アメリカの都合のよい映像のみが公開されたため、一連のプロパガンダに軍とメディアのあり方に批判が巻き起こった。

少女ナイラ

湾岸戦争時、少女ナイラと呼ばれるクウェートの少女が、涙を流し、イラク兵がいかに残虐であったかを証言し、それが全米に報道された。議会で証言された内容はイラク軍がクウェートの病院に侵入し、幼児を虐殺した、という残忍なものであった。アメリカの世論を大きく動かし、湾岸戦争の一因となった。ところがナイラはアメリカに育ち、一度も母国のイラクに行ったことがないことが明らかになる。ナイラのプロパガンダは広告会社によってなされたとされる。