朝鮮戦争と日本|戦争特需で飛躍する日本経済

朝鮮戦争と日本

日本の隣国で起きた朝鮮戦争は国連軍に対する補給の拠点となり、日本企業への特需が発生した。24億ドルを超える特需は日本の戦後復興に大きな追い風となった。また、日本の自衛の必要性が高まり、自衛隊の前身である、警察予備隊が生まれた。

目次

朝鮮動乱

当時の日本では、朝鮮戦争を「朝鮮動乱」と呼んだ。

軍事特需

朝鮮戦争を遂行する上で必要な物資を、アメリカは日本に注文し、朝鮮戦争が続いた3年間で総金額は24億ドルにも上っている。当時の日本円にして、8640億円という膨大な受注で、太平洋戦争の敗北の廃墟で苦しんだ日本経済は、一気に回復に向かった。

日本の武装化

第二次世界大戦後、アメリカは、日本が二度とアジアの脅威にならないように、日本に非武装の方針を掲げていた。しかし、朝鮮戦争が始まり、東西冷戦が本格化すると、日本を東アジアの戦略拠点にする方針に転換し、日本にも武装を求めた。

警察予備隊

日本の隣国である朝鮮戦争は日本の再軍備を促した。太平洋戦争で敗北した日本を占領していたアメリカ軍は、朝鮮戦争開始とともに、ほぼ全兵力が朝鮮半島に派遣されることとなり、アメリカのGHQは、1950年7月、日本に警察予備隊を創設するように指示を出し、再軍備を促した。約7万5000人の規模となり、アメリカ製の武器を装備した部隊で、警察と軍隊の中間的な性格を持っていた。警察予備隊は、後に自衛隊に発展する。

日本の朝鮮戦争参加

極秘裏に朝鮮戦争には、日本も参加していた。朝鮮戦争中、朝鮮半島の港には、北朝鮮軍がまいた機雷が大量に浮遊し、上陸作戦に支障が出ていた。このためアメリカ軍は、日本に機雷の除去を要請し、これを受けた日本政府は、1950年10月、海上保安庁の掃海艇を密かに朝鮮半島に派遣しました。掃海艇44隻、巡視艇10隻が二ヵ月間派遣され、計27個の機雷を処理したのです。その過程で、そのうちの2隻が機雷に触れて沈没し、ひとりが死亡、18人が重軽傷を負った。平和憲法のもとでは憲法違反になる恐れのある出動だっただけに、出動したこと自体が極秘にされていた。