律令官制|蔭位の制,官位相当の制

律令官制

律令官制において、かっての豪族たちは国家から官職・位階・給与を与えられることとなり、独自に土地・人民を私有するのでなく律令官人組織に組み込まれて、貴族化していった。そのためこの時代から始まる律令制は天皇を絶対君主制と見なす説と、君主的形態をとった貴族制的支配という二つの説に分かれる。

目次

支配階級

支配階級には、皇族と貴族が置かれ、皇族に一品-四品、貴族に正一位-少初位下(しょうそいげ)が置かれた。

蔭位の制

親王4階・諸王14階・諸臣30階の位階があったが、三位以上の子・孫と五位以上の子には、21歳になれば一定の位階をもらえる蔭位の制があった。

試験(貢挙)

位階は試験(貢挙)によっても与えられたが、大学・国学に入学資格制限があり、与えられる位階も低かった。こうして、上位の位階は特定の貴族に世襲的に継承された。

官位相当の制

官位相当の制という、特定の官職につくための特定の位階をもつことが条件が設定されており、上位の官職も特定の貴族が世襲的に独占された。

天皇

律令には、天皇に関してはほとんど規定がない。天皇は律令の範囲を超えた実権者であり、強大な官僚組織は、天皇の意志を実行するとされた。そのため、官人による行政の機構・方法などについては、きわめて詳細な規定がつくられた。

国政

中央には神祇祭祀を司る神祇官と一般の行政事務を総覧する太政大臣の二官があり、その下に八省があり、その下に国司がある。

  • 八省:卿・輔・丞・録
  • 国司:守(かみ)・介(すけ)・掾(じょう)・目(さかん)

国政の運営

太政官の太政大臣を最高首脳とし、左・右大臣、次官は大納言、判官は少納言と左・右の大・中・少弁、主典は外記(げき)と史(ふひと)によって運営され、その結果を天皇が裁可するという方式で行われた。

四等官(しとうかん)

中央・地方の官庁はいずれも長官(かみ)・次官(すけ)・判官(じょう)・主典(さかん)の4等級の官吏によって構成された。これを四等官(しとうかん)という。この下に多くの下級官人が配置された。