五胡|匈奴・羯・鮮卑・氏・羌の漢民族以外の中国国家

五胡

五胡は、北方系の匈奴・羯・鮮卑とチベット系の氏・羌の5族の総称である。これらの異民族の一部は後漢から三国時代にかけ、西・北辺に移住を認められ、中国文化と接触していたが、八王の乱に乗じて華北に侵入して各地に国を建てた。

目次

八王の乱

八王の乱(290ー306)とは、西晋末に起こった一族諸王による内乱である。武帝の子、恵帝の無能に乗じて外戚が権力独占をはかったため、司馬氏一族の8王がつぎつぎに挙兵して権力争いを繰り広げた。諸王が周辺民族の兵力を利用したため、五胡の侵入を招くことになる。

匈奴

匈奴は高原に生きる遊牧の民で、古くから中国を脅かしていたが、148年に南北に分裂し、南匈奴は後漢に服属して長城以南に移住していた。290年に八王の乱がおこると、西晋の混乱に乗じて匈奴の劉淵が山西で挙兵し、304年、漢(前趙)を建国した。劉淵は初代皇帝(在位304~310)となった。

羯は匈奴に続いて遊牧民によって華北で建国された国家である。

鮮卑

鮮卑は、モンゴル系またはトルコ系といわれる遊牧民で、当初は、匈奴に服属したが、のち各部族が内モンゴルに割拠し、中国文化を取り入れた。4世紀後半に拓跋氏が北魏を建国して、華北を統一した。

氐は、2世紀頃から中国西北辺境に居住した半農半牧のチベット系の民族である。前秦の苻堅は一時華北を統一した。

羌は青海地方に居住していたチベット系遊牧民である。