ローマ帝国の軍隊を支えた土木技術

ローマ帝国のインフラ

ローマ帝国は土木建築に長け、その軍事的躍進を支えた技術である。公共に利用された軍事用道路、水道もローマ帝国中の都市にひかれ、サイフォンの原理を用いて遠い丘陵地帯からも都市民に水を供給した。都市の壮大な公共建築にもローマ人の板煉瓦やアーチ工法の技術が駆使されて、往時をしのばせる遺跡が多く、いずれもローマの皇帝たちの権威を象徴するものであった。

フォルム

フォルムは広場でローマ市の中央広場の周囲には神殿・政庁・市場などがあり、市民の生活の中心であった。

パンテオン万神殿

パンテオン万神殿は、ローマの神がみを祭った神殿である。諸所に残るが、アグリッパが建立し、ハドリアヌスが改築したローマのものが有名。

アッピア街道

アッピア街道(前312年)はサムニウム戦争中に監察官アッピウスの建設された街道である。石で舗装されたローマ最古の軍用道路で、ローマの道はそれを建設した政務官の名をとって呼ばれ、この道は前4世紀のアッピウス=クラウディウスによって建設された。初めローマ・カプア間に建設され、のち延長されて全長540kmに及んだ。ローマの実用的文化遺産の典型で、部分的には現在も使用可能である。

軍道

ローマの道のは堅固な石畳で多くの部分が直線の道で、道路網がローマから放射状に整備された。各地への軍隊派遣を円滑にして中央集権の基盤となったが、公共のために商業活動としても用いられた。ローマの制度・風俗・文化などを各地に伝える一方、疫病がローマ中に広まる道ともなった。

水道

水道は、首都ローマから、多くの属州の諸都市までのび、遠方の高地にある水源から水を導いた。その水道が低地や川を通過するときには、橋を築いて、その上に水道を走らせた。都市の貯水槽についた水は、管で浴場や共同の泉などへ分配された。

ガール水道橋

ガール水道橋は、南フランスのガール川にかかる石造の水道橋である。全長270m、高さ最高50m、3層アーチからなり、上が水道、中・下が人馬道として使用された。ローマ土木建築の代表である。

クラウディウス水道

クラウディウス水道は、ローマ市に68km離れた水源から水を供給した水道、カリグラ帝が着手し、次のクラウディウス帝により52年に完成した。ローマ人の水道建設技術はすばらしかったが、一部の水道管に鉛が使われたため公害も生じた。

コロッセウム

コロッセウム(円形闘技場)Colosseumは、ローマの円形劇場。ネロの後の皇帝ヴェスパシアヌス帝が起工し、次のティトゥス帝によって、紀元後80年に完成された。4万5千人を収容することができ、剣奴の試合などが行われた。

凱旋門

凱旋門とは、戦勝記念の大石造門である。現在ローマ市に七つ残っており、トラヤヌスやコンスタンティスの凱旋門のものが有名である。

公共浴場

公共浴場は、浴場を中心とした大娯楽センター。市民権所有者に安く使用させた。3世紀前半のカラカラ帝建造のものが有名である。(カラカラ浴場)

その他

シリアのジェラシュ、アフリカのレプティス=マグナ、ドイツのトリアーなどにローマ帝政期の劇場・旋門などが残っている。