ルネサンス|文芸復興,世界史,歴史

ルネサンス Renaissance

ルネサンスは(Renaissance)、再生・復活という意味で、14世紀から16世紀にかけてイタリアを中心におこり、ヨーロッパ各地に広がった。中世ヨーロッパの教会を中心とした思想から、ギリシア・ローマの古典文化を復興させる精神的運動である。十字軍の遠征から古代ギリシア・ローマの学問や芸術が流入したことを契機に、それを再生させることによって、中世の神中心の文化から個人を解放し、個人としての人間の自覚に基づく、豊かな人間性に満ちた人間中心主義の文化を生み出した。これをルネサンスという。
ルネサンスの人びとは、個人としての自覚を持ち、個性と才能を最大限に発揮して、自己を完成させようとする意欲を持っていた。ルネサンスの人間中心の文化は、人間らしさの本質をなす人間性を追求し、個人の才能や名誉の尊重、個人の創造的な業績への賛美、人間の自然な感情や欲求を肯定する世俗性などを特徴とする。ルネサンスという言葉は、19世紀のフランスの歴史家ミシュレが当時の文化運動を示す歴史概念として使ったことにより広まり、美術史家のブルクハルトは『イタリア=ルネサンスの文化』で、人間が自然美に満ちた世界を発見すると同時に、それを見つめる自己を個人として自覚する「世界と人間の発見」として、ルネサンス文化を性格づけた。

ルネサンス トレビの泉
ルネサンス トレビの泉

目次

ルネサンスの歴史背景

十字軍の失敗から、中央集権的近代国家の成立の歴史の中でローマ教会の権威が失墜、それにしたがい、中世の教会中心的世界観が崩れていく。そのなかで教会の権威から独立していく気運が高まり、中性的世界観から離脱しはじめた人間が自ら新しいものを求めていく文化運動が始まる。この運動が後のルネサンス(文芸復興)である。なお、十字軍からイスラム世界から古代ギリシアの文献がヨーロッパに流入したことがルネサンス(文芸復興)の重要なきっかけとなった。

ルネサンスの年表

1096年 第一回十字軍
1339年 英仏百年戦争
1346年 ペストの流行
1353年 ボッカッチョ『デカメロン』
1453年 英仏百年戦争終結
1474年 トスカネッリの世界地図の完成
1478年 ボッティチェリ「春」
1486年 ピコ・デラ・ミランドラ『人間の尊厳について』
1492年 コロンブスがアメリカに到着
1498年 レオナルド=ダ=ヴィンチ「最後の晩餐」
1509年 エラスムス『痴愚神礼賛』
1513年 マキュヴェリー『君主論』
1516年 トマス=モア『ユートピア』
1543年 コペルニクス地動説
1633年 ガリレオ宗教裁判「地動説の撤廃」

ギリシア哲学の影響

人間に対して消極的であった中世に比べ、ルネサンスの重要思想であるギリシア哲学は人間、あるいは現実世界に対して積極的意義を与えようとするものであった。それゆえルネサンスは、人間中心主義とも訳される。ルネサンスは、ギリシア思想を背景に個人としての自覚を持ち、個性と才能を最大限に発揮して、自己を完成させようとする意欲を持つ。人間性を追求し、個人の才能や名誉の尊重、個人の創造的な仕事への賛美、人間の自然な感情や欲求を肯定的に扱う。とはいえ、長い伝統を有する中世思想が一気に消えるわけではない。ルネサンスの特徴が個人の尊重を掲げたとしても、神というものから離れて考えることはできない。しかし、まったく超越的だった神もしだいに我々の手元まで引き寄せ、世界が神の現れとみることによって、世界に積極的な立場をとるようになった。

ヒューマニズム(人文主義) Humanism

ルネサンスの哲学・思想において、教会から離れ、異教的な思想であった古代ギリシアの哲学を再発見しようとする試みが生じた。当時、イタリアを中心としたヨーロッパの国々でスコラ哲学的哲学解釈から距離を置き、古代哲学に対する新しい解釈が試みられた。このような文献研究からスコラ哲学に反対しようとする気運も出てくる。特に東ローマ帝国の滅亡(1453)とともに多くのビザンティンの学者がイタリアに移住し、イタリアはギリシア古典研究の中心となり、ヒューマニズム(人文主義)の中心となる。なお、当時文献学研究から反スコラ哲学に否定的な思想家は、ヴァラ(Laurentius Valla)、ビベス(Ludovicus Vives)、エラスムス(Desiderius Erasmus)、ラメー(Pierre de La Ramee)などがあげられる。)

宗教改革

中世の教会の権威を新しく人間の価値を主張とした、宗教改革はドイツを中心に起こった。宗教改革は本来の精神が教会の教義によって超越した神特にマルティン・ルターの活躍が挙げられる。ルターは、エックハルトの神秘思想の流れのなかで、スコラ哲学を否定するだけでなく聖書の教えを哲学的に基礎づける一切のものを拒否し、個人の直接的信仰にうったえてキリストの福音を信じようとした。しかし、ルター宗教改革運動が勢いをもつにつれ、新教の教義を哲学的に基礎づけする勢力も現れた。メランヒトンはアリストテレス哲学を基礎としてその競技を組織した。その他、ヤーコプ・ベーメ、シュヴェンクフェルト、フランク、ヴァイゲル等が挙げられる。

自然哲学

汎神論的傾向がイタリアを中心とする自然哲学において現れる。ルネサンスには中世的自然哲学から離れて、新しい自然哲学が生じるようになる。ニコラウス・クザーヌス、パラケルスス、カルダーヌスらが現れ、コペルニクスが地動説を説き、中世的な自然観が崩れてくる。特にブルーノが神は自然に内在するとし、みずからの自然の中に神を探究することができるようになる。

社会哲学

ルネサンス時代には社会哲学も新しい方向性を見せる。法王権に対して国家の権力を強調し、国家を強大にするためにはいかなる手段を選んでもかまわないとしたマキャベリ、共産主義的理想国家を描いた『ユートピア』のトーマス・モーア、主権について考察しその絶対性を強調したボーダン、近世的自然法思想を確立した「自然法の父」グロティウスがあげられる。

自然科学の確立

神の超越的な世界観が衰退し、自然の中に内在するものとみられるに至った。自然は神の現れである。いよいよ自然の探究が行われ、コペルニクスが地動説を唱え、ベーコンケプラーガリレイにより科学研究は目覚ましい成果を成し遂げた。そしてガリレイ以降は、ホイヘンス、ボイル、ニュートンにより続々と輝かしい業績があげられた。この頃から自然哲学は自然科学となり、現代の諸科学につながっていく。

ルネサンスの三大発明

ルネサンスに、活版印刷・羅針盤・火薬が発展がおこる。歴史的には、羅針盤と火薬は中国で発明され、イスラム世界を経由してヨーロッパに伝わったとされる。活版印刷は、15世紀にグーテンベルクによって発明されたが、当時、東洋にもあった。ルネサンスには、これらの技術が改良され、活版印刷は宗教改革運動や科学・文芸の普及に、羅針盤は航海術の発達に、火薬は戦力の増大につながった。


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