ヨウ素(I)|甲状腺と造影で活躍するハロゲン

ヨウ素(I)

元素ヨウ素(I)は原子番号53のハロゲン元素で、常温では黒紫色の結晶として存在し、加熱すると紫色の蒸気に昇華する。電気陰性度は塩素や臭素より低く反応性は穏やかであるが、強い求電子性を示し芳香族の置換反応にも用いられる。天然には海藻や塩水、チリのカリチ硝石鉱床などにヨウ化物として含まれ、工業的に回収される。医療、栄養、材料、分析化学など多岐にわたる分野で不可欠な基礎物質である。

基本性質と同位体

周期表で第17族に属し、単体は二原子分子I2として振る舞う。標準原子量は約126.90で、天然存在比のほとんどは安定同位体127Iである。放射性同位体には、医療診断に用いる123I(半減期約13時間)、腫瘍治療に使われる131I(約8日)、地球化学トレーサとして重要な129I(約1,570万年)などが知られる。イオン化エネルギーは第17族中で小さく、陰イオンI⁻を形成しやすい。

化学的性質

水への溶解度は小さいが、I⁻が共存するとI2はI3⁻として溶解度が大幅に増す。酸化還元挙動は多彩で、I⁻/I2、IO3⁻、IO4⁻の間で可逆的に変化する。芳香族のヨウ素化はI2のみでは進みにくいため、硝酸や過酸化水素、IClなどでI⁺を発生させて進行させる。間ハロゲン化物(ICl、IBr、IF3、IF5、IF7)は強力なヨウ素化剤・フッ素化剤として利用される。また、有機化学ではN-iodosuccinimide(NIS)やHIを用いた還元・脱離反応が広く使われる。

分析化学と指示薬

滴定分析ではヨウ素法が古典的かつ高精度である。酸化剤の定量に用いるヨードメトリーでは、過剰のI⁻から生成したI2をチオ硫酸ナトリウムで逆滴定し、終点はデンプン−ヨウ素の青色呈色の消失で検出する。逆に還元剤の定量にI2標準液を用いる方法はヨードイメトリーと呼ぶ。I⁻/I2/ I3⁻系は電極電位が安定で、電気化学計測や太陽電池の赤媒対にも応用される。

資源と製造

工業生産は塩水(地下かん水・ガス田水)とチリのカリチ鉱が主要資源である。日本ではヨウ素は戦前から重要な化学資源として回収が進み、現在もかん水からの回収が盛んである。製造はヨウ化物を酸化してI2を遊離後、昇華・再結晶で精製する。副産物としてヨウ化銀やヨウ化メチルを経由するプロセスも研究されている。

用途

主な用途は次の通りである。

  • 医療:造影剤、有機ヨード製剤、放射性131Iを用いた甲状腺機能亢進症の内用療法。
  • 衛生:ポビドンヨードなどの皮膚消毒剤、飲料水の簡易殺菌。
  • 栄養:食塩へのヨウ素添加(ヨウ化カリウムやヨウ酸カリウム)による欠乏対策。
  • 材料:LCD偏光板のポリビニルアルコールに対するヨウ素ドーピング、ハロゲン電球のタングステン再蒸着抑制。
  • エネルギー・電気化学:I⁻/I3⁻レドックス対を用いる色素増感・ペロブスカイト太陽電池や電池系。
  • 化学合成:穏やかな酸化・求電子付加・保護基操作、NISやIClを用いた選択的ヨウ素化。

生体・安全性

ヨウ素は必須微量元素であり、甲状腺ホルモンT3/T4の構成元素として代謝や発育に不可欠である。成人の推奨摂取量はおおよそ150µg/日で、妊娠期には必要量が増える。慢性的な欠乏は甲状腺腫や知的発達遅延の原因となる一方、過剰摂取も甲状腺機能異常を招きうる。放射性131Iの被ばく時には安定なKI投与で甲状腺ブロッキングを行う。造影検査でみられる過敏反応は担体分子に起因し、「ヨウ素アレルギー」という表現は科学的ではない。

規格・環境

試薬・工業品としてのヨウ素やヨウ化物には純度や不純物限度の規格が設けられている。配合食品では食品衛生法や各種公的基準に基づき、上限量・表示・添加剤規格が管理される。環境面では排水・廃棄物中のハロゲン化合物管理の枠組みで扱われ、適切な回収・再資源化が推奨される。作業環境や排ガス中のヨウ素化合物は、測定・管理の対象としてモニタリングが求められる。

関連データ

基礎データの要点を挙げる。

  • 融点113.7℃、沸点184.3℃、密度約4.93g/cm3(20℃)。
  • 共有結合半径約140pm、I⁻のイオン半径約206pm。
  • 水に難溶だがI⁻存在下でI3⁻として可溶化、非極性溶媒に紫色に溶ける。
  • 固体は昇華性が高く、気相ではI2として振る舞う。

取り扱い上の注意

ヨウ素ならびに揮発性ヨウ化物は吸入や皮膚刺激の恐れがあるため、密栓遮光容器に保管し、取り扱いはドラフト内で行う。金属粉末や強還元剤・酸化剤との接触は避け、デンプン溶液やチオ硫酸塩は分析作業直前に調製する。

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